2006年8月28日

新聞と戦争と

日本新聞博物館に行ってきました。「昭和史の風景」と題して、江成常夫写真展「偽満洲国・鬼哭の島」という特別展開催中。満洲と南の島の戦地の現在をとらえた写真に合わせて当時新聞はどのように戦争を伝えたのか、というテーマの展覧会です。南の島の白い砂浜、蒼い海と空、緑生い茂る森という平和な風景の中に、さび付いた兵器や、漢字で書かれた卒塔婆などが放置されているといった写真は、「一体あの戦争は何だったんだ」と思わせるものばかりです。

うちのじいさんは、南方戦線(しかもガダルカナル島)に送られる途中、船が撃沈され、駆逐艦に助けられたという経歴を持っています(その後「霧島」が撃沈されるのを、大きく揺れる船の甲板にしがみつきながら目撃したらしい)。無事にガ島に到着していたら、十分な補給を受けられずに多くの人間が餓死した、と言われているあの島から帰ってくることはできなかったでしょう。ゲームの「信長の野望」でさえ兵糧で賄える分しか動員ができないようになっているのに、安易な補給作戦で戦争した日本は、返せる返せると思いこんで、多重債務に陥る自己破産者と大して変わりないように思います。ああ、そう言えばそう思いこんで(?)現代政府も借金を繰り返し、今では生まれたばかりの赤ちゃんまで含めて一人あたり何百万という借金を国民は背負ってるんでしたっけ。さらに当時の新聞を見たり、戦線の拡大の事実を改めて見直したりしているうち、ふと思ったのです。給料は減らされ、十分な人員も与えられないまま、無理な注文をこなして壊れていく現代人も、全く同じじゃないの?と。もう無理なのは見えているのにそれでも戦争を続けたのは、不十分な補給状況でも真面目に戦い、そして簡単に命を散らしていく兵隊たちに上層部が甘えてたこともあったと思うのです。60年経っても無理する日本人は変わってないし、見通しの甘い政府も全く同じ。大丈夫かしら。

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