2017年5月28日

[自転車]能登の最先端を目指して (6) 最終日、輪島から穴水、能登島を経て、和倉温泉へ

(5)から続く

最終日の朝、8:00オープンの朝市を冷やかして輪島の町を散策しました。いろいろ規制があるのでしょうけれども、程よく古い建物が保存され町の景観が維持されているのを感じます。ただやっぱり空き家も多い感じでしたね。そうした空き家をリノベーションして新しいお店も入っているようで、そういう新しいものと古いものが共存していくといいなあと思います。1つ、廃院となったらしい病院があったのですが、これが朝ドラに出てきそうな木造建築の病院(ので、外の壁は白い)で、このまま残るといいなあと思いました。売り家の看板がありましたが、やっぱり病院は売りにくいのかしら。

さて、宿を引き払って今日は東京へ戻るライドです。まずは県道1号を走りつつ穴水を目指します。かつて能登から穴水までは2001年まで鉄道が走っていましたが、赤字を理由に廃止されてます。鉄道線路は県道1号をなぞったり離れたりしながら、ほぼ同じルートを穴水へ向かいますが、その終着駅だった旧輪島駅跡には、ぷらっと訪夢(またこれもネーミングセンスが・・・)という道の駅が出来ています。以前神岡を走った時に見た神岡鉄道は2006年に廃止になった鉄道でした。廃止年にそれほど違いはないものの、こちらの線路跡はレールや鉄橋も使わないものは撤去され、トンネルも塞がれているようで、ほとんど面影を残しません(Google Mapで航空写真を見ると、かろうじて線路跡が辿れるくらい)。

そんな県道1号はやはりアップダウンの連続。能登では「里山里海」という言葉をよく見かけましたが、海を楽しむ景色と、山を楽しむ景色、両方を盛り込めます。思いっきりヒルクライム的なルートも作れるし、青い海へ飛び込んでいくようなルートもあって、楽しいと思いました。


穴水に到着。


左側の樹木がうっそうと茂る山が穴水城があった山。「城山」という地名は今も残るのですが、その穴山城の起源、そしていつ廃城となったかは、『日本歴史地名大系』によると不明なんだとか。

その城山の少し先が海に突き出る形になっていて、その周りが潮騒の道という遊歩道になっています。


入江の部分がとっても綺麗。


再び町の中心に戻り、七尾線沿いにひたすら南下しました。今は穴水から七尾へ繋がっている七尾線は、海岸線沿いを進む絶景鉄路です。その景色を活かして「のと里山里海号」という観光列車が走っています。普段なら40分のところを、60分かけて七尾まで行くのだそう。帰りに和倉温泉駅でこの列車を見たのですが、豪華な内装に、片側が窓を見られるように座席が配置されていたりして、楽しそうでした。

海沿いを走っていると、ボラ待ち櫓が立っています。伝統的漁法のひとつですが、今はもう行われてはいないようです。写真の立ってる釣り人は人間ですが、櫓の上の人影は人形です。


そういえば、奥能登を走っていると、こんな時期(5月の20日前後)でも鯉のぼりをよく見たのですが、何かこのあたりの風習なのでしょうか。ちょっと調べたくらいでは分かりませんでした。能登には鯉のぼりフェスティバルがあったり、金沢では鯉のぼり流しというイベントが行われるようですが、それはちゃんと5月の節句の時期(GW中)に行われるようです。


いよいよ能登島へ渡るツインブリッジのとが見えてきました。七尾線を離れ、能登島へ向かいます。


この日は能登としてはやはり風は弱い日だったと思うのです。が、それでもツインブリッジは怖かったです。なにより橋の位置が高い。この橋にたどり着くまでの登りが、この日のハイライトでした。このツインブリッジのと、本名を中能登農道橋と言います。広域農道の一部で、そもそもこの橋は島で穫れる農作物の出荷ルートとして作られたものでした。1999年開通。


橋の上からの眺めは最高。帰りに渡る予定の能登島大橋も見えています。


能登島はツインブリッジと能登島大橋が出来たことで穴水側からも七尾側からもアクセスがしやすくなったそうです。また島内は起伏のある周回道路が整備されていて、自転車も多かったです。トライアスロン大会が開催されるそうですが、海は綺麗だし、自転車のルートも面白そうだし、島内に温泉施設があるし、また橋を渡って対岸には和倉温泉もあるし、完璧ですよね。マラソンコース→の看板もあったので、スポーツ大会は頻繁に開催されているのかもしれません。

とにかく海沿いの道は気持ち良いです。


お昼は能登島のはいから食堂で。ローストビーフ頼んだのですが、お肉はもちろん、お野菜も(自家製?)美味しかったです。


さて、七尾側に出てきました。向かいには火力発電所も見えてきて、町に戻ってきた感があります。


能登島大橋で能登島から離脱。能登島大橋は開通当初は有料道路でした。町民以外の通行車からは1760円も取ってたそうです。30年前の話ですから結構高いですよね。主に建設省からの借金で1982年に建設された能登島大橋は当初計画では25年かけて借金を返済する予定でした。しかし、そんな高額通行料にも関わらず、当初見込みよりも通行量が多くて順調に借金を返済していたそうです。そこへ突如もち上がったツインブリッジ(農道ですが、一般車も通行可もちろん無料)の建設計画に、建設省は嫌な顔をしたのだとか。農道のツインブリッジの建設費は、県と能登島町も出してますが、一番大きかったのが農水省の補助金。当時は農水省の公共事業予算の維持のためにあちこちに農道計画が立ち上がっていたそうですが、その一部だったのかもとも言われています。そんな中央官庁の駆け引きが行われた橋2本ですが、結局能登島大橋の借金は見込みよりも10年も早く返済の目途がつき、ツインブリッジのとの開通の前年1998年7月に無料化されました。バブル時代の成功譚の印象。


ツインブリッジは高いところから高いところへ架かっているのですが、能登島大橋は橋の真ん中にかなりの傾斜があります。しかも柵が低くて怖い...。これも横風が吹くと自転車に乗って通行するのは吹き飛ばされるような恐怖を感じるかもしれません。いや、眺めは最高なんですが。

恐る恐る橋を渡って和倉温泉へ到着。和倉温泉って、加賀屋のイメージが強いので栄えた温泉街なのかと思ってました。加賀屋のイメージが強いのは正しかったのですが、それは加賀屋一強ということだったんですね。妙に綺麗で広い県道で町に入ると、やたらと駐車場が目につきます。飲食店や小規模な宿があった場所が取り壊されて駐車場になっているのかもしれません。その先には、今正に取り壊されている廃業したホテル(多分銀水閣。2011年に倒産して廃業)。そんな荒野の向こうに加賀屋がまるでシンデレラ城のようにそびえ立ちます。ああいう大きなホテルは朝食も夕食も全て宿で出しますし、加賀屋に泊まるのに素泊まりなんていう人はあまりいないのでしょう。結果加賀屋だけが利益を吸収して巨大化、和倉温泉全体としてはまるでゴーストタウンのようになってしまった、という印象を受けました。統計からみた石川県の観光によると、やはり平成に入ってからの和倉温泉の観光客入りは漸減し、利家とまつの放送でやや盛り返したものの、2006年には1000万人を割りました。輪島とは金沢からの距離やアクセスの利便性が違うので、それでも5倍近い差がありますが、個人的には輪島のほうが伝統的な町並みが美しく、そこで人々が暮らしているという生活感もあって好きですね。

駅から輪行の予定でしたので、和倉温泉の共同浴場、総湯に入りました。各旅館に配湯している和倉温泉合資会社が運営する外湯です。2011年にリニューアルされた現在の建物は7代目。ものすごく綺麗です。サウナ、露天風呂などもあり、共同浴場ですが、ちゃんとシャンプー・ボディーソープなども置かれていて広い休憩室もありながら、440円と入浴料も良心的です。入り口すぐに観光協会の窓口みたいなところがあるのですが、そこに「温泉卵売り切れました、ここでは生卵は売っていません」と書かれていました。生卵売ってないってあえて書くのは何でだろうと思っていたら、外の足湯に自分で温泉卵が作れる施設があるんですね。観光パンフレットなどには周りで買えると書かれていますが、目の前の総湯では売ってないというのは面白いなと思いました。

和倉温泉駅までは約2km。ほぼ平坦ですぐです。和倉温泉の玄関駅なのだからお土産屋などあるのかと思いきや、そういう施設は全くありませんでした。西日本の駅ですが、ちゃんとえきねっと予約の受け取りができる券売機があります。


和倉温泉には「花嫁のれん号」というド派手な観光列車が来るため、こんな立派な駅名表示。

でも我々は再び「能登かがり火号」という普通の特急に乗って金沢へ戻りました。金沢で新幹線に乗り換え東京へ。途中、ようやっと立山連峰が見えましたよ。本当なら今日のルートは立山連峰がちら見できるルートだったんですけれども、暑かったので靄がかかって全く見えなかったのが心残りです。100km先の金剛崎からが最も綺麗に見えたという皮肉。


3日間、海に山に約250km、走りきりました。今回、多分自分史上最高の天気でした。今年は結構雨に祟られることが多かったので、14日しかない石川県の快晴日を3日間満喫しました。

この日のルート




2017年5月27日

[自転車]能登の最先端を目指して (5) 禄剛崎から輪島へ

(4)から続く


「蜃気楼じゃないの?」と旦那が言ったくらい、海の向こうに見える立山連峰は幻想的でした。残念ながら山の形ではどれがどれか私にはわかりません。相当条件が良くないと山が見えることはないのでしょう。こういう展望広場にありがちな山の紹介パネルはありませんでした。(南方向なので、少なくとも午前中早い内でないと逆光で見えなくなるかも) この日は、地元の人にも「こんなに波が穏やかな日は珍しい、だから海の透明度も高いんだ」と言われるほどお天気もよく、そして暑すぎもせず、そのために靄ることもなく、遠望が効く日でした。

再び禄剛崎へ戻り、道の駅にあったバイクラックに自転車をあずけて禄剛崎へ登りました。


ここにも能登半島最先端のポールた立っています。最北端(ではない?)ではなく最先端というのが良いですよね。文字通り最先端。

ここには、こういう岬にありがちな距離標識がありました。


釜山くらいなら見えそうって思うくらい、青くて透明感のある空でした。

再び来た道を戻ります。なんとなくですが、行きは山の景色、帰りは海が広がる景色でした。どちらも良いです。あえて同じ道を行って帰ることにしたのは、距離の問題もありましたが、向いている方向が違うと全然違う景色が見られるだろうと思ったのも理由です。


木浦を過ぎて、再び椿展望台へ。お昼はここにある「つばき茶屋」でとりました。


お昼には少し早い時間だったのもあったのですが、「朝採れ刺身定食」に惹かれて二人でそれを頼んだら、「今さっき電話かかってきて、板前さんが魚持って上がってくるんで、少し時間かかりますけどいいですか?」と言われました。よく冗談で時間がかかる料理を「今、魚釣りに行ってるんだよ」とか言いますけど、本当に魚がこれから来るなんて初めて聞きました。美味しかったです。


国道に合流する少し前に、ゴジラ岩というのがあるのですが、行きはどれがゴジラなのかわからなかったのです。帰りは分かりました。これですね。手の感じがちょっとゴジラ?


国道に再び戻り、暫く行くと塩田が次々現れます。中でも「まれ」の撮影に使われた揚げ浜塩田は直ぐとなりに道の駅も出来て、完全に観光施設と化しています。先ほどの能登先端の地の道の駅にもバイクラックがありましたが、ここにもバイクラック。実は道路にも自転車の案内表示が少数ですがあるのです。石川県はいしかわ里山里海サイクリングルートを策定して、自転車を呼ぼうとはしているようです。塩田では塩ソフトをいただきました(写真は一口食べた後)。美味しかったです。


塩を煮詰める鍋は記念撮影スポットになってそう。


このすず塩田村で揚げ浜塩を買ってきたのですが、これが旨味があって美味しいんです。塩だけのおむすび作ってお弁当にしたら、とても美味しくてお気に入りです。ちなみにこの向かいにある駐車場に「ソルトパーク」という名前がついてます。この名前が妙にツボだったのは私だけでしょうか。ソルトパーク。こう言ってはなんですが、最先端といい、ソルトパークといい、ネーミングセンスが絶妙です。

再びトンネルを抜けて輪島市へ戻ってきました。窓岩の辺りに高校生っぽい子たちが大勢いました。みんな歩いています。そう言えば、行きに「チャレンジウォーク実施中」と書かれた看板を準備している男性に会い、挨拶をしました。もしかしたら何かイベントなのかなーと思っていたのですが、これがずっと続いてる。一体どこからどこまで歩くのでしょう。

答えはその日の夜に分かりました。夕食を食べたレストランで、お酒を出してくれたお兄さんとチャレンジウォークの話になり、実は輪島高校の年中行事のひとつで、一番長いコースは高校から窓岩まで往復歩くのだとか。えー片道だけで20kmはありますけど...

途切れ途切れに続く高校生の列を横目に再びアップダウンの続く道を走ります。行きは穏やかな海でしたが、少し波が出てきています。とはいえ、冬は波の花が名物の海としては、本当に珍しいくらい穏やかだそうで。


千枚田はチャレンジウォークのチェックポイントになっているようです。行きは人がほとんどいなかったのですが、帰りは高校生と観光客が溢れてました。

輪島へ到着。少し早く着いたので、街中の足湯で温まりました。この日は約100kmの行程でしたが、適度なアップダウンがあり、休憩所もありで、おすすめです。

この日のルート



(6)に続く

2017年5月24日

[自転車]能登の最先端をめざして(4) 輪島から金剛崎へ

(3)から続く

2日目は朝7時前に輪島の宿を出発しました。この日は能登半島の北を目指して東側の海岸線を行きます。

町を抜けるといきなりのアップダウン。そのアップダウンの先に現れるのが白米千枚田です。


千枚田と呼ばれる棚田は全国あちこちにありますが、細い階段状に田んぼが折り重なるように海へと連なるこの棚田は、衝撃的な風景ですよね。


さすがに耕作を続けるのは大変だそうで、今は田んぼのオーナー制度を導入し、個人なら1枚2万円で田んぼオーナーになることができるそうです。ちょうど前の週に田植えが終わったばかりのようでした。これは緑の稲がのびてからも、そして黄金色の時期も綺麗そうですよね。もちろん冬景色も。


やはりここからも海岸線沿いの道は厳しいです。登っては下りを繰り返します。


でも海もありえないくらい綺麗なんですよ。


しばらくすると、窓岩という真ん中に穴の空いた岩が見え、その先に曽々木海岸があります。ここまでが輪島。八世乃洞門新トンネルを抜けると珠洲市です。

この八世乃洞門には旧道があります。2007年の能登半島地震で奥能登は特に道路などのインフラに大きな被害が出ましたが、旧道にあった2本のトンネルのうち、珠洲側の旧・八世乃洞門もそのひとつ。入り口付近が岩盤崩壊し、3ヶ月も経ってようやく片側交互通行の仮復旧で通していたそうですが、2009年に現道である新トンネルが開通し、旧道は廃道となりました(今も崩壊寸前の旧洞門は何故か片側だけが施錠されていて、通り抜けはできないです)。

海沿いの道はここしかなく、もしこのトンネルが通過できないとなると、山側へかなり迂回しなければなりません。当時はさぞかし不便だっただろうと思います。

トンネルを抜けて振り返ると見えるのが、垂水の滝。ぱっと見問題なさそうな旧・八世乃洞門も見えます。


珠洲市に入ってからしばらく平坦な海沿いの道が続きます。大谷というところで国道と分かれて県道28号へ。そこに出て来るのがこの日一番の厳しい坂、椿展望台への登りです。


2kmで高低差100mと数字上は大したことはないのですが、その2kmの間に何故か微妙な下りが入っています。そのせいで最大斜度は11%、特に最後の1kmはずっと8%という変に厳しい道です。

登りきって若干下ったところが木浦。本当の木浦の町はずっと下のほうにありますが、国道沿いに展望台があり、青い海が一望できます。


いよいよ狼煙の町に入りました。「ようこそ奥能登最先端の町 狼煙へ」という看板が私はお気に入りです。文字通り最先端ですもんね。

さて、最先端の町にある最先端、禄剛崎は一旦通り過ぎ、金剛崎へ向かいました。そちらにも展望台っぽいものがあるようだったからです。ここから再び登って、金剛崎の先端へ到着。なんか不思議なモニュメントがありました。


その向こうの崖下には宿泊施設があります。洞窟があり、そこへ入れたりする散策ルート(有料)もあるようです。この宿良さげですね。


先ほどのモニュメントに自転車かけて撮ろうかなんて言って、振り返りました。すると、向こう(南側)に凄いものが見えました。


(5)へ続く

2017年5月23日

[自転車]能登の最先端をめざして(3) 輪島という町


(2)から続く

輪島の中心地は河井町というところです。河井町は東側は川があり、ドラマでも有名になったいろは橋(上の写真)などがかかっています。その向こうは鳳至町。河井町には朝市や、飲み屋などが連なるお店、そして南の端に旧輪島駅があります。

宿は北の端、マリンタウンというところにありました。住所もその名のとおりマリンタウンです。ここだけ若干浮いてる感じのする場所でした。


後で調べたところマリンタウン自体が10年ほど前から浜を埋め立てて作られた新しい造成地だったようです。上の写真のように大型の客船が停泊できる岸壁があり、朝市を訪れる観光バスなどが駐車できる広い駐車場もあります。そして主に外国人観光客をあてこんで市が誘致したのが、今回宿泊したルートインでした。自家源泉を持つと書きましたが、建物はもっと古くて温泉は後付だろうと思っていたら、実際は地下深くから動力を使って温泉を汲み上げるのが流行り始めた頃に建てられたってことですね。

この古い町には居酒屋とかは結構多いのですが、営業時間はあまり長くありません。輪島の朝は早いのです。蕎麦屋なんて19時に閉まります。今回、2泊とも夕食を外に食べに行きましたが、お店を探すのには若干苦労しました。

ちなみに2日目の夜は、古民家を使ったフレンチレストランを予約してました。とても雰囲気がよく、かつお料理も美味しくてとても良かったです。メインのお肉も良かったのですが、特にホタルイカのリゾットが最高でした。


お酒も豊富で旦那がウイスキーを頼んだら、東京ではプレミアムがついてものすごい値段で取引されてる2世代以上前の旧ボトルマッカランが普通に(当時の値段で)出てきて目を剥いてました。席は基本個室タイプなのですが、隣の広い部屋に女性ばかりの賑やかな団体客がいました。お店の人によると輪島(河井町)には「御当(おとう)」という、祭りを仕切る当番があって、40歳になる男性(数え42の厄年の男性)が当たるんだそうです。そうすると毎晩飲み会兼会議みたいなのがあって、ほぼ家にいない。奥さんたちを宥めるために?その御当の奥さん方を労う会が開かれるのだとか。お祭りが町のコミュニティを維持するというのは(特に女性ではなく男性が参加させられる)、私の家自体が正にそういう下町にあるのでわかるのですが、なるほど輪島の景観が比較的維持されているのは、こういうところにあるのかもなと思いました。

マリンタウンには、新しいキリコ会館があります。大昔に輪島に来た時、古いキリコ会館に行きました。「こんなカッコ良い建物では絶対になかった」と思いましたが、この新しいキリコ会館は2015年に出来た新館です。平成に入ってから、輪島は試練の連続でした。長引く不況で観光客数は伸び悩み、ロシアタンカー重油流出事故(1997年)、能登半島地震(2007年)、東日本大震災(2011年)と、持ち直したかと思うと災難が降り掛かってきました。2015年の朝ドラ「まれ」の放送と北陸新幹線の開業は大きかったですが、今後も維持できるかどうか(まれの再放送はもうなさそうですし...)。そんな中で、観光施設の目玉でもあった旧キリコ会館は2012年に運営元が倒産し、キリコ会館だけを商工会議所が借り受けて営業してましたが、2015年に市が半分出資する団体が新館を建て管理運営することになりました。ちなみに旧キリコ会館は、今も廃墟となって町外れに建物が残ってました。


輪島温泉の源泉の隣に足湯があって誰でも無料で入れます。今は6:00-22:00に開けてるようですが、開館当初は24時間が売りだったのだとか。それが夜中に騒いだり、足湯なのに裸で入ったりする輩が出て、結局夜間は閉めることになったのが開館1ヶ月後。何もかもが紆余曲折あるのが輪島です。温泉分析表を見たところ、2号源泉と書いてありました。じゃあ1号は?と思っていたところ、そもそも1号源泉が施設老朽化で使えなくなったので、2号源泉が掘削されたのだとか。1号源泉は湯温が低かったそうですが、この源泉は高温泉です。成分表には飲湯の効能も書かれていたし、外の源泉に柄杓があった(写真右下)ので、少し飲んでみたところものすごく塩辛い。海の温泉ですね。実は輪島温泉郷は源泉を持つ宿は少なく、この2号源泉からタンクで配湯してもらっています(だから、一番必要なさげなビジネスホテルが源泉持ってるというのは、やっぱり面白い)。


そんな面白い輪島の町ですが、これだけの規模の町なのに、町並みが整っていて綺麗なのが良いです。今回、いわゆる外浦と言われる西側を中心に走りましたが、西側のほうが良かったな。

(4)に続く

2017年5月21日

[自転車]能登の最先端をめざして(2) 富来から輪島、あるいは「まれ」のオープニング?


(1)から続く

国道249号は、富来を出てからしばらく山の中を進みます。アップダウンを抜けて再び海に出ると、そこは輪島市門前町です。「門前」という地名が表すとおり、鎌倉時代創建の歴史を持つ総持寺の門前として栄えた町でした。かつて大本山だった総持寺は1898年に大火で伽藍の大部分を消失、大本山機能は1911年に横浜市鶴見区に移転してしまいましたが、今も総持寺祖院として残っており、国道の行き先表示にも「総持寺」として出てきます。この門前は地元の人と話していると「門前の」とか「門前から」とよく言及されるキースポットで、バスの行き先にもなっています。

さて、ようやく海岸線に出ましたが、今度は向かい風にやられ気味です。たまたま面白い岩が見えたのでちょっと休憩。写真を撮ったのが上の写真ですが、後でトトロ岩と名付けられてることを知りました。この先に妙に立派な集落が現れます。このあたりは江戸時代から廻船業が始まり、総持寺の御用も務めた廻船問屋が北前船を数十艘を持って活躍したそうです。看板によると天領だったと書かれています。今でこそ鉄道さえ廃止にされる過疎の地ですが、当時は幕府が直轄するほど交通(物流)の要衝だったということですよね。

海岸線を走るのはほんの少し。今度は総持寺に向かって少し登ります。その総持寺の近くにファミマを見つけました。お昼から20km走ったので休憩。今回、3日間走って思ったのは、能登ではコンビニと言えばファミマだということです。セブンはほとんど(全く)見ませんでした。石川県は元々サークルKの出店数が多かった県で、それが統合でファミマになり、今はファミマ天国になっているのですね。リンゴ酢を飲みながら川の向かいをぼーっと見ていると、中学校が見えました。随分高いところにあります。この辺の子供たちは、毎日あの坂を上り下りしているのでしょうか。強くなりそうです。

国道249号で見慣れない信号機を見ました。これ、豪雪地帯用に開発されたフラットタイプのLED信号機です。LEDは消費電力が少なく省エネという点では良いものの、同時に発熱量も小さいために、着雪で信号機が見えなくなることがあるそうです。結局面積(横幅)を小さくするのが一番ということで、薄型タイプが広まっているのだとか。おもちゃみたいです。


総持寺を抜けたところで県道38号へ逸れます。山を越えて(さらっと書いてますが、この山越えは結構辛かった)、少し下ったところにあるのが男女滝(なめたき)。この滝、某新聞に「夏には滑り台にして遊ぶ人も」って書いてあったんですが、本当ですか?


さらに下ると、海が見える水田に出ました。このあたりは狭い階段状の棚田が多いのですが、ここは一枚が広く比較的平板です。


海に出る直前に上大沢(かみおおざわ)という集落があるのですが、集落全体が間垣で完全に覆われて要塞のようです。この日も風はあったものの危険を感じるようなものではなく、むしろ気持ちのよいくらいの風でしたが、ここまでするからには特に冬は相当の風が吹くのだろうなと思います。


先ほどの海が見える田んぼはこの集落のすぐ上に、そして集落の先には入江があります。このあたりは海沿いの狭い平地に集落をつくり、人々は半農半漁の生活をして暮らしてきたそうです。特に上大沢は1960年まで徒歩でしかたどり着けない秘境で、そのせいか古い風習が今も生きており、この過疎の時代に明治から戸数が一貫して横ばいの奇跡の村と言われているのだとか。最初間垣に囲まれた村に「要塞」の印象を持ったのはあながち間違いではないのかも。


能登半島を走っていてずっと思ってたのですが、あえて観光用に作られたものではなく、昔からの生活の知恵や地域の特性として工夫され、そして今も使われているこうしたものが、美しい景観を作り出しているところが多くて良いです。自転車は高低差に敏感ということは何度も書いていますが、高低差だけでなく風や気温といった気候、山や海といった自然の地形に左右されやすい乗り物でもあります。何故ここに集落があるのかとか、何故間垣が作られているのかとか、自転車で走ってるからこそ見えるものもあるので、自然に従って作られた景観は面白く感じます。

県道38号は海沿いを走ります。半島の海沿いの道は絶対に平坦ではないというのは、自転車乗りなら誰でも知っているでしょう。ここも例外ではありません。いきなりの急坂にやられます。


登ったと思ったら、突き出た岬を迂回するためにまた下りです。


この岬を越えると次の集落大沢集落に出ます。ここはNHKの朝ドラ「まれ」のロケ地のひとつ。朝ドラフリークの旦那が「ここ見たことある」と言ってましたが、後で確認したところ確かにここで撮影されたそうで、放送時は臨時バスが出るほどの人気だったとか。写真は集落を過ぎて再び登った高台から。


上り下りを繰り返すこと数度、三ツ岩岬という岬を超えたところで振り返ると、その岬の上の平地に、なんと水田が作られています。ちょうど田植えをしているのでしょうか。おじさんが作業をしていました。今も使われているのです。


これもまた後で知ったのですが、この水田、「まれ」のオープニングや本編に出てくるそうですね。こんなところ見つけるのは、さすがNHK。

さらに上り下りを繰り返します。崖の下に見える海はどこまでも青く、吸い込まれそう。


ゾウゾウ鼻の展望台を過ぎると、あと少しです。この西保海岸と言われる海沿いの集落をつなぐ県道38号は、ひたすらアップダウンの続く非常に硬派な道路ですが、海はどこまでも美しく、そして眺めも素晴らしい道路でした。今は新緑とヤマフジがとても綺麗でしたが、地元のおばちゃんによると、秋の紅葉も素晴らしいそうです。


輪島到着。宿はルートインです。ビジネスホテルですが、自家源泉を持ってる面白いホテルです。朝市が近く、町の中央にあって便利なのと、何人か自転車の人が泊まってるブログがあったので、自転車に慣れてるだろうと思ったのもありました。別に自転車ウェルカムというわけではないのですが、玄関の風除室のところに自転車を置かせてもらえました。初日は我々だけでしたが、翌日は外に旅バイクがあったので、やっぱりサイクリストはそれなりに来てるのかも。

夕飯はつけていなかったので、町の中で適当に居酒屋を見つけて定食をいただきました。そこのおばちゃんに、いろいろ観光スポットを教えて貰ったり、そこでやはり「門前」という地名が出たり。地元の豆腐をいただいたのですが、これが美味しかった。昔は辛子を練り込んだものだったそうですが、辛子は好き嫌いあるので、最近は別に付けるのだとか。旦那はカワハギのぬか漬けを炙ったものがお気に入りで、おばちゃんの「朝市で売ってるかも」という言葉を頼りに最終日の朝探したのですが結局見つけられず。ふぐの卵巣のぬか漬け(ふぐの子ぬか漬け)はあったんですけどね。石川のアンテナショップとかに入ってるかしら。本日のおすすめ看板に「カレーの一夜干し」とあって、「1日経ったカレー?でも一夜干し?」と疑問に思ってたら、「カレイ」だったという、面白いおばちゃんの居る恐らく地元民用のお店でした。おばちゃんの訛に、旦那の出身地方の訛と類似するような気配がありました。「尾張の人間が(つまり利家が)入ってきてるからだろ」という旦那の弁ですが、どうなんでしょうね。あのゆったりした言葉は、良いですね。

いよいよ明日は、能登の最先端を目指します。

ここまでの1日目のルート


(3)へ続く