2006年9月22日

電車男と2ちゃんねると月光仮面

今更ながら、この前たまたま映画『電車男』(電車男が山田孝之、エルメスが中谷美紀の)をみたのですが、映画自体はとにかく、炎上とか、匿名性の影とか言われる2ちゃんねる発の映画が、こんな妙に純粋で夢見る乙女みたいなのになる要素ってどこにあるんだろうと思ったのです。

今日、これまたたまたま、日本の論点のコラム「山崎マキコの時事音痴 第91回 2ちゃんねるとmixi〜須賀川市立第一中学校リンチ事件に考える」を読んで、ちょっとその答えになるような文を見つけてしまいました(一部引用しますが、全体として読んだ方が言いたいことはわかりやすいと思います)。


聖書には、
「右手のしたことを左手に知らせるな」
という言葉があるが、まさにこの精神である。2ちゃんねるには、吐き気がするほど汚れた部分と、泣きたいほど美しい部分が、共存している。まるで人間そのものではないか。


そして、そういう魅力を作り出しているのが、「匿名性」ではないかという論です。日本には元々、「お礼のためにお名前を・・・」「いや、名乗るほどのものじゃありません」という、ベタな台詞があるじゃないですか。一方で、「何かをして貰ったら、お礼を返す」とか、「お中元」とか、とりあえず日本には贈り物がやりとりされる機会が多いし、それが当たり前とされています。「やりたくてやっただけ」「お礼は気にしなくて良いし、そんなことされたら面倒」「だから、名乗ることもしない=名無しさんでいい」。足長おじさんや月光仮面は誰かわかったら終わりなのです。通りすがりに誰かを助けた人が、「お名前を・・・」と言われて「誰々です」って言ってしまうのは無粋なのです。

自分を認めて貰いたくてやってるわけじゃなくて、単にスレを盛り上げたいから、面白いから、と次々書き込みがされるネタスレなんかも私は匿名性の良いところだと思います。著作権云々とかこれまた無粋なこと言われないし。先日取り上げた「昔模試で見た絵をもう一度みたい」というスレも同じですね。そんなところは、日本らしいと言えるのかもしれません。

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