2007年2月17日

入学試験で測られるモノ

私が大学受験をしてから15年近くが経つのですが、そのまま大学に就職してしまい、結局毎年受験生を見る、実際に試験問題を見るということを続けているせいか、何故かあまり受験の記憶が薄れません。が、やっぱり実際に問題を見てみると、「私本当にこんなの解いてたのか?」と思うこともしばしば。

特に今日思ったのが小論文です。大抵何らかの資料が与えられて、それについて自分の意見を300文字以内で書きなさいとかいう問題が2問程度出ます。解答用紙は原稿用紙のマス目が印刷されていて、それに鉛筆で記入するのです。私も受験生のやっている問題文を読んでみたのですが、資料を読んで「まあこういうことを書くかなあ」とネタを見つけるところまでは良いのです。しかし文字数制限ありで制限時間60分。それを2本。さらに、最大の壁は

鉛筆で原稿用紙に書かなくてはならない。

思いついたことを箇条書きにしたり、パラグラフにしたりして並べ、要らないものをざくざく削って流れをまとめ、最後にオチを付ける、みたいな書き方に慣れてしまった私としては、この制限は非常にきついです。とりあえず書いておいて要らない部分を削るなんて、原稿用紙じゃかなり難しいのです。もう一度書き直さなくちゃなりません。かといって原稿用紙は何枚も渡される訳でもなく。そして時間も結構短い。1本30分として、10分で資料を読んで流れを考え、15分で下書き推敲、10分で清書って感じでしょうか。かなり厳しいです。

彼らも恐らくパソコンやケータイで文章を打つことに慣れてると思うし、実際に社会に出て原稿用紙に向かって論文を書くことなんてまずありません。原稿用紙を使う方もいるでしょうが、多くは個人的こだわりで、それを推奨する会社は無いと思います。大学でもレポートはメールで提出しろという条件がつく場合もあります。何事にも時間の制限はあるので、60分で考えを纏めて書くところまでは良いとしましょう。でもあえて原稿用紙に書かせる必要ってどこにあるんだろうと、ちょっと思ったりするのです。

英語も最初のかなりの部分が読解よりも正しい文法や言葉を選択させる穴埋め。もちろん正しい英語を話すことは重要かもしれませんが、言葉なんて変わるもの。日本語でもら抜き言葉は正しくないけど、通じないことはないですよね。どっちかっていうと英語の読解を測りたいなら、大筋を把握できるか、のほうが重要かと思ったりもして。正しい単語を選べるかどうかなんて、電子辞書持って歩けば一発だし。社会や理科とかは、何をするんでも基本となる基礎教養があるかどうかだと思うので、ある程度選択や穴埋めもありだと思うんですけどね。

まあ、とはいえ受験にノートパソコンを持ち込ませるわけにもいかないだろうし、これからもしばらくはああいう形態の受験というのは行われるのでしょう。社会がこれだけ変わっても、私の頃、いや、私の親の頃からも同じような形で学生を選別してるっていうのがすごいなーと、問題を見ながら思ったのでした。大学や社会が求める人材も変わってると思うんですけどね。

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