2008年3月5日

mixiも機関リポジトリも

「著作権って、かなり強い権利なんですよ」と、以前著作権を専門にする先生から聞いたことがあります。確かに著作権を持つ人間が、「これは外に出したくない」といえば、それはもう外には出せなくなるのが著作権。とはいえ、著作物というのは文化の一部であり、媒体こそ違えど、人が作り出した様々な著作は、文献が歴史を探る一手段になっていることからも、人類の歴史そのものと言っても過言ではないのかもしれません。

そんな著作権をめぐって、4月1日から行われるというmixiの規約改訂について、騒ぎになっているようです。

「mixi日記、無断書籍化はしない」——規約改定の意図をミクシィ

大昔、ジオシティーズでも同じような騒ぎがあったなーと思いつつ、スラッシュドットのコメント何かを見ながら、今朝上の記事を読んだら、なんかこれって機関リポジトリの規約(とくに著作権部分)で大騒ぎしてるのと同じ?・・・と思いました。

通常、デジタル化した論文などをネット上で公開する場合、ネット上で著作物を送信するために著作権者に対し、「公衆送信権」の許諾、そしてサーバーへ複製し、かつサーバーから閲覧する端末へ複製するというアクションが発生するので「複製権」の許諾を得なければならないと言われます。しかし、実際サーバー上で今後行われること、例えばデータを保存・利用しつづけられるように保存形式を変更した場合や、現状想定できないような管理上の変更を加える可能性を考えた場合、著作権の専門家に聞いたりすると「訴訟リスクを考えると、著作権の譲渡あるいは全面的な許諾をしてもらったほうが良いかもしれない」とか言われちゃうのです。しかし財産権部分ではない著作者人格権(公表権や同一性保持権など)は譲渡できないことになっているので、「それは行使しないことって書いておくといい」って、正に今回mixiが出してきたものと同じようなことを言われたのを思い出しました。

つまり、mixiもきっと同じような壁にぶちあたったのでしょう。投稿者が思ったとおりに表示されないと、それは同一性保持権の侵害にあたる「可能性がある」(この「可能性がある」が、訴訟リスクを恐れる企業にとっては面倒だったりする)と考えて、「改変OK,それに対して人格権の行使はしない」という規約になったんでしょうね。確かに画像とかなら圧縮率が変わったりして、ノイズが増えたり、色が変わっちゃったりとかいう可能性がありますが、そこまで言うともう重箱の隅というか、著作権法には萎縮効果しかないのか、と言いたくなってしまいます。一方で、mixi側にも問題はあると思うのです。本来なら、とりあえず記事にある3つの条件のためだけと書いておけばここまで騒ぎにならなかったと思うのですが、そうすると将来的にどう変わるか分からないデジタル環境に対応できるかどうか、想定外のことが起きるのではないか、ということになったと推察されます。

しかし「著作者人格権を行使しない」なんて急に言われたら、気づく人が気づいたら大騒ぎです。人格権には公表権も含まれるわけで、「友人だけ」にしていて広く公表するつもりが無いものを、mixiが無償で非独占的に利用できる「可能性がある」というのは、かなり危険な気がします。結果、騒ぎになっているわけですよね。この条文を悪用しようと思えばできるということが、利用者にとっては気持ち悪いというのも分かるわけです。

ただそういう可能性を心配して「だったらやらない方が良い」になっちゃうのが社会にとって最も大きな損失だと私は思うのです。ネット上での情報のやりとりは、既に生活に深く入り込んでいるし、機関リポジトリにしてもデジタル化するメリットは非常に大きい。しかし、いろいろ検討していると、この可能性、あの可能性といろいろ出てきてしまって「訴えられたらどうしよう」みたいな議論に陥りがちです。「そこまで神経質にならなくてもいいんじゃないの?」と思うこともあるのですが、実際著作権に関する訴訟は多いし、利用したほうが一方的に悪者みたいに扱われますからね。ある程度判例が出れば、萎縮効果も薄れてくると思うんですけど。

gooのトレンドランキングでもかなり上位になっており、1日でブログ界の話題をさらったこの件、どう収拾をつけるのやら。まあmixiだって、他人の日記や写真を勝手に出版して売り出したりしたら、いくら規約にあるって言ったって、世間がそれを許さないのは判ってるでしょうし、その辺りは「信頼」でやってもいいんじゃないの、と今回の騒ぎのネタ元の方には言いたいんですが。ちなみにbloggerは記事の著作権はすべて書いた人に帰属するってなってますね。

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