白骨温泉で雪見

毎年恒例になりつつある雪見温泉。3年目の今年も雪を見られる温泉へ行ってきました。雪を見られるならどこでも良いというわけではなく、雪が見られる温泉だが、スキー場ではなく、交通不便な場所というのが条件です。山形県の銀山温泉宮城県の中山平温泉に続いて選んだのが、長野県の白骨温泉。昨年のマイブームのひとつに若山牧水の書く紀行がありました。私がよく自転車で訪れる場所が多くて面白く、全集を図書館で借りて読んだのですが、その中に出てきたのが白骨温泉。胃腸に効くとか、3日入れば3年風邪ひかないとかいう言い伝えで、体調が思わしくなかった牧水がひと月ほど滞在したことがあります。昨年秋の乗鞍のついでに行ってみようかと言っていたのですが、距離とさらなる峠越えに諦めたのでした。雪見温泉候補地を考えていた時にふと思い出しました。そういえば白骨温泉なら雪見られそうだよね、乗鞍スキー場も近くはないし、有名な秘湯のひとつだし、という安易な理由で行ってみることにしました。

出発日である2016年1月30日は、気象庁から「大雪に関する注意情報」が出ている日でした。2週前にも雪が降り、先週も山間部には雪が降っていて、さらに積もるとなるとやや不安です。2年前に山梨が大雪に埋もれ、特急どころか、大月-高尾間の中央本線が4日間雪で立ち往生したことがありました。同じ轍を踏むことを嫌ったJR東日本は、前日の金曜夕方には積雪を見越して20時以降のあずさ、かいじを全て運休にしました。積雪や風に「行けるのか?」「帰ってこられるのか?」と毎年思う雪見温泉の旅ですが、今年のレベルはそれを上回ります。出発前から電車が動かないかもしれないピンチ。

しかし、夜間に積もると言われていた雪は、結局雨やみぞれから雪になることはなく、あずさ3号も通常どおり運転することになりました。よかった。しかし山間部はここ何回かの降雪で積もった雪がかなり残っている状況でした。高尾を過ぎると線路も真っ白です。


無事、定刻通りに松本駅に到着。東京から松本まで特急で3時間。新幹線が通らない松本は、東京からは非常に遠い場所になってしまいました。実は料金さえ厭わなければ、長野まで新幹線で行き、「しなの」(篠ノ井線)に乗り換えて松本まで来たほうが早い場合があります。3月のダイヤ改正で、6:17発のかがやき501号が、長野駅でしなの4号に接続するそうで、7:00新宿発のスーパーあずさ1号よりも1時間早く松本に到着できるようになります。私の中では今季ダイヤ改正の目玉です。

さて、松本駅。東京を出た時はかすかに降っていた雨は上がりましたが、どんより曇り空で寒いです。東京とは寒さのレベルが違います。


ここでまたしてもハプニング。白骨温泉行きのバスが通る国道158号が倒木で通行止めになっているそうです。朝の乗鞍方面のバスは運休になった模様。明け方頃から作業しているにも関わらず、通行の目途が立たない状況です。白骨温泉行きのバスは13:30松本バスターミナル発。まだ10時半過ぎですが、バスターミナルで状況を確認しようと行ってみると、もうすぐ通行止めは解除され、13:30のバスは定刻通りに出発するとのこと。安心して往復の切符を購入し、先にお昼を食べに行きました。

お昼はうなぎのまつかで。建物自体が趣あるお店でした。


さくさくのうなぎが最高。値段は2切れの丼が2970円(税込)、他に3切れの重、4切れの弁当、5切れの定食とありました。量的には2切れで十分かと思います。肝吸いとお新香がつきます。営業は11時半~14時と書いてありますが、11時ごろにはお店を開けて中に入れてくれました。出てくるまでに30分~40分ほどかかるので、営業時間は11時半からということなのかもしれません。うなぎが売り切れたところで終了。お天気のせいもあったかもしれませんが、外に並ぶほどではありませんでした。ただ、ひっきりなしに人が入ってきていましたから、11時半過ぎに来た人は食事にありつくまでにかなり待たされるかもしれません。



さて、バスに乗り込んで乗鞍を目指します。白骨温泉行きのバスは、国道158号を進み新島々のバスターミナルを経て、前川渡の交差点を左折、乗鞍高原のバスターミナルで休憩後に乗鞍スーパー林道B線を通って白骨温泉に向かいます。その間約2時間。電車とバスを乗り継いで東京から5時間です。物理的な距離は東北のほうが圧倒的に遠いですが、時間的にはこちらが上です。



厚い雲が徐々に切れ、時折陽が射すようになってきました。すると国道から見える山の木々に光が反射してキラキラと光って見えるようになりました。素晴らしい景色です。ふと道路の脇の木を見ると、つららのように氷が枝に付着しているのが見えました。光っているのは雪ではなく氷なのです。まるでガラス彫刻の森を進んでいるよう。ただ、この時は綺麗だとしか思わなかったこの光景が、この旅のピンチ感に拍車をかけていた元凶だったと知るのはずっと後のことでした。

乗鞍高原着。ここまで来るとやはり寒い上に空も雲に覆われています。


ここまでは、まあ気をつけていれば自転車でも登れるんじゃないの?と思えるような路面状況でした。道路は完全に除雪されアスファルトが見えています。ところが林道はさすがにそうではありません。道路が白くなってきました。しかもバスと乗用車でもギリギリすれ違えるかの幅です。バスは慎重に進んでいますが中々スリルある道行でした。

白骨温泉に15:30頃到着。15時半にも関わらず、現在の気温は-2度表示。


宿までは歩いていけなくはないですが、道も悪いので宿の車が迎えに来ています。そもそも白骨温泉に宿は9軒しかありません。スーパー林道の出口にある泡の湯の周り3軒を含めて12軒。それでも牧水の紀行には4軒の宿と書かれていましたから、大分増えてるようです。以前も書きましたが、スーパー林道にはC線もあって、白骨温泉から安房峠へ抜ける道路があったのですが、現在は廃道になっています。白骨温泉には、R158から分岐する県道と、乗鞍からのスーパー林道しかありません。ご多分に漏れず、いずれも自然災害による閉鎖が四季を問わず多い道路です。冬季は街からアクセスできるバスは1日1本、こんなアクセスの悪い場所で12軒もの旅館がやっていけるのは、このご時世すごいことなのかもしれません。秘湯とか秘境とか言われていても、一応舗装路でアクセスできるのが人気の理由でしょうか。一時期ムトウハップ事件で悪い意味で有名になった白骨温泉ですが、この日見た限りでは人気は衰えていないようです。


宿は湯元齋藤旅館。 牧水が「内湯のあるのは私のいた湯本館だけであったが」(「白骨温泉」)と書いた旅館です。部屋に通してもらった後、二人して閉まっていた障子を開けました。そこから撮ったのが上の写真。牧水は秋口に来て山が一気に紅葉する様を「湯宿の二階から眺めて」(「通蔓草の実」)いたそうです。冬も素晴らしいですが、確かに秋は綺麗そうです。 案内してくれた宿の方に「こちらの障子は寒いので閉めてますが、せっかくの自慢の景色なので開けておいてもよいですよ」とやんわり「省エネに強力しろ」と言われましたが(笑)、この景色は見なくちゃだめでしょう。確かに寒いのですぐに閉めましたけど。

今年は雪はどうですか?と聞くと、「全然ですね〜。大したことありません。今朝は雨降ってましたし」と言われました。「なのに倒木で朝は国道が通行止めだったんですよね。雪で閉鎖は結構あるんですが、今年はそれが少ないのに倒木なんて」。確かに路面は除雪されているようでしたし、大雪と言われてた割には大して雪は降っていない。なんで倒木なんて起きたのだろうと思いました。実はこの日倒木で閉鎖されたのは国道だけではありませんでした。R158に通じる県道奈川木祖線も倒木で閉鎖、また新島々の南側にある山形村の清水高原も多数の倒木で道路が塞がれ孤立。また市街地を挟んで反対側の山、扉温泉や美ヶ原高原へ通じる道路もあちこちで倒木が起き、停電も誘発して孤立状態になったということを後で知りました。そういえば、朝の中央線では「架線凍結で富士急行は三つ峠から先は運休し、バスで代行輸送」と言っていました。大雪じゃなかったのに、倒木だの凍結だので大変だったのは何故だったのか、少し気になりました。

齋藤旅館のお湯は、硫化水素を含む炭酸水素塩泉。透明なお湯は空気に触れると白くなります。飲泉も可能で、風呂場には枡も置いてありますし、朝は温泉で炊いたお粥が朝食として供されました。湯船や湯口の縁は、お湯の中の成分が固まり、鍾乳洞よろしく白い堆積物が様々な模様になっています。古くは白船温泉とも言われていたそうですが、中里介山が『大菩薩峠』の作中で「白骨温泉」と紹介してからは白骨の名が一般的になったとか。白船のほうが綺麗な名前に思えますが、白骨という名前が想起させる凶々しさが、人の記憶に残り現在まで生き残ってる理由なのかもしれず、ネーミングというのは難しいものです。

「雪は少ない」とはいえ、雪見温泉をするには十分な量。湯の温度は40度強で、特に露天は頭は涼しく、ぼけーっと入るのに最高のお湯でした。このところ行く温泉がどこも厳しい温泉(熱いとか、長時間の入浴に向かない成分とか)が多かったので、ここのお湯は優しくていいなと思いました。

夕飯は長野の山中らしくキノコ多め。写真のキノコ鍋最高でした。松本のスーパーで土産物を物色していた時に、モランボンの「きのこ鍋用スープ」の素を見つけ、その周りに見たことないような様々なキノコが並んでいるのを見ましたが、家庭でもキノコは一般的な食材なのでしょう。長野で食べるキノコ類はおしなべて立派で食べ応えがあり、そして美味しいと思います。



さて夜明け前、外を見ると綺麗な月が見えました。晴れているようです。朝風呂を浴びて、外に出てみると寒い! キンと冷えて指が凍りそう。日の出は6:40頃。日が昇ったことを示すように山の稜線が赤くなりました。


しかし高い山の谷間にへばり付くようにできた白骨の集落に日が差してくるのは、9:00過ぎでした。日が昇ると同時に気温が上がったのでしょう。山から靄が流れてきました。日の当たる奥の山裾は枝の凍った樹木が白く光っています。幻想的な風景です。



朝食を食べて、再び外に出てみます。齋藤旅館は集落の一番奥にあるのですが、少し下ったところにある別の旅館の前に猫がたむろってました。毛艶も良いので飼い猫だと思うのですが、その一匹がなぜかすり寄ってきます。旅館で靴を借りたのですが、良い匂いでもついてたのでしょうか。


踏んでしまいそうなので少し離れると追いかけてくるのです。目つきの悪い猫で、「まって~♡」って感じじゃなくて、「待てやコラァ!」って感じなのでちょっと怖い。他の猫まで付いてきてしまって、ハーメルンの笛吹きになった気分です。


先述の通り、白骨温泉への公共交通機関は1日1往復のアルピコ交通の路線バスのみ。白骨温泉発松本行は朝10:15発です。自家用車やレンタカーで来る少数を除き、ほとんどの人がこのバスに乗ります。そのため、旅館とアルピコ交通(あくまで路線バスです、念のため)は通じ合ってます。バスに乗る人数をバス会社に伝えているのです。日曜日のこの日は帰る人が多かったのか、バスは1号車と2号車が仕立てられました(でも路線バスです)。

バス停の方に降りていくと、途中の木の枝が凍り付いていて、それにちょうど朝日が反射して光っています。東北の樹木は雪が貼り付いて白かったですが、この辺の冬の樹木は透明な氷に覆われるのかと感心しました。


お天気最高です。
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昨日-2度を指していた気温計は-6度になっていました。



公共風呂である野天風呂は冬季休業中。入口はこんな感じ。


バスは定刻発車する2号車を残して早めに出ました。泡の湯で団体さんを乗せて満席です。標高が上がるにつれ、昨日は全く見えなかった雪をかぶる山が見えてきました。乗鞍高原も青空。真っ白に雪化粧した乗鞍岳が美しいです。この時期の乗鞍はスキーヤーのもの。自転車が通れるような時期になったら、今度は乗鞍岳に雪の壁を見に行ってみたいものです。


ここでも木々に氷が貼りつき、日があたって綺麗です。幹線道路は除雪されていますが、枝道は凍ってました。


バスは山を下っていきます。山の上よりも奈川渡ダムあたりのほうが樹木への着氷が激しいようで、特に上部の枝は氷の重みでしなっていました。ちょうど倒木があった箇所を通りましたが、また木が折れかけていました。もしかしてあの氷が問題なのだろうかと思って調べてみると、過冷却状態となった雨が木や構造物に当たって凍る「雨氷」という現象ということが分かりました。そう思って考えると、いろいろ腑に落ちることがあります。「今朝は雨だったんですよ」という宿の人の言葉、日中でもマイナス表示の気温、ガラス細工のような森、等間隔につららが垂れ下がる電線、架線が凍りついた富士急。そうして付着した氷の重みに樹木が耐えきれず、広い範囲で倒木が起きて道路をふさいだということです。

雨氷は上空と地面付近にある0度以下の冷たい空気の層の間に、0度を超える温かい空気の層が入り込み、降水が起きると発生します。しかしそのような逆転層状態になる条件については諸説ある模様。長野中部の山中や高原地域に多く発生し、大規模になると今回のように日常生活に支障をきたすような被害をもたらすそうです。発生要件から被害が同じ標高線帯をたどることが多くて、今回はまさに標高800mの辺りに集中的に雨氷現象が起こったのでしょう。水殿ダム、松本市入山辺地区の林道、清水高原への道路、そして富士山駅。全て標高800m~900m近辺です。雨氷が被害をもたらすことは知られていますが、10年に1度あるかないかくらいで、今回は非常に広範囲に被害が出た大規模かつ珍しい雨氷現象でした。恒例の雪見温泉旅は、珍しい気象現象が大好きな私のために、またしても変わった気象現象を見せてくれたようです。

幸いにして、私にとって「雨氷」の実害はほとんどなく、ただただ美しい自然の風景として記憶されたまま、松本バスターミナルへ戻ってきました。バスターミナル下のコインロッカーに荷物を預け、天気も良いので松本城までお散歩します。


少し遅いお昼を駅前のお蕎麦屋さんで食べました(私はそばを食べないので、てんぷらで(笑))。その後散歩中に見つけたこじゃれたカフェでコーヒーなど飲もうと思ったら、あまりにのんびりしすぎて特急の発車時間まであと15分に!コーヒーは持ち帰り用にしてもらい、慌てて旦那は荷物を取り、私は列車のチケットを発券し、ギリギリで特急に乗り込みました。危なかった。

帰りはスーパーあずさ。輪行するにはあずさの車両のほうが自転車を置きやすいのですが、席の幅はスーパーあずさのほうが広く快適です。もちろんスーパーあずさのほうが停車駅が少ないので早く到着します。途中進行方向右手に諏訪湖が見えました。先週1月25日に全面的に凍って御神渡りへの期待が高まったそうですが、週後半の気温と週末の雨でまた溶けて、今季も御神渡り出現は絶望的と言われているそうです。残念ですね。お天気が良いので、小淵沢、韮崎、塩山辺りで富士山がきれいに見えました。

来年はどこに行こうかな。いくつか候補があるのですが、早めに予約することで安くあげてるので、雪の状況と相談できないのが難しいところです。

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