2005年5月11日

私もあの報道はどうかと思う

事件・事故報道で今一度考えたいメディアの責任と体質(上) - nikkeibp.jp - from ガ島通信 メディア崩壊の現場を歩く

思ってた通りのことをズバリとしてくれる藤代裕之氏のコラム。面白いので毎回読んでいるのですが、今回のは「あれってどうなんだろう・・・」と思ってた報道をズバリと斬ってくれました。

今回俎上に乗っているのは、JR西日本バッシング報道。事故の日にボーリングしてたとか、宴会やってたとか、大事故だと知っていた人が何人いたとか、ホントそれって報道するほどの価値があるのか?と思える些末事を、まるで鬼の首を取ったかのように延々と報道されるので、最近ニュース見るのさえ嫌になってしまいました。


今日も各地で列車は走っています。なぜJR西日本だけがこのような大惨事を引き起こしたのか、なぜ他の鉄道会社は事故が少ないのか。少ないならどのような取り組みをやっていて、JR西日本との違いはどこにあるのか。
(中略)
マスコミの役割は、JR西日本を「裁き」「許す」ことではないはずです。


そうですよね~。日本のあの超複雑と言われるダイヤグラムで、事故が起きなかったのは何故なのか、ダイヤが守られている肝はどこにあるのか、どこかの報道で、東京も尼崎以上のダイヤで運行されている、といった比較がされていたように思うのですが、では同じJRでも東日本と西日本に(運転手の教育や、そのほかの安全システムで)違いはあるのか、とか、いろいろ切り口はあると思うのですけれども・・・。

記事の中に「2ちゃんねる」というレッテル貼りの例が出ていますが、2005年版『日本の論点に』奇しくもこのような記事が出ていました。


表のメディアや教育現場で無条件に良いものとされている人権、弱者、ボランティアといった概念に対する疑問や、自分たちが「正義の味方」だと信じて疑わない者に対する違和感があり、民俗学者の大月隆寛氏は、そのような感情が〈素直に出てきたことは健全だ〉(「AERA」〇四年五月一七日号)と述べる。

([2ちゃんねるについての基礎知識]日本の論点2005年版)


この記事や、最近の疑問はこの「『正義の味方』だと信じて疑わない者に対する違和感」なんじゃないか、その違和感が積もり積もって、あの巨大掲示板が出来てるんじゃないかと思ったのでした。

週一の掲載だったように思うので、この(下)が今日あたり掲載されるかと思うのですが、こうした報道の背景にどのような事情があるのか(下)の掲載が楽しみです。

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