2007年4月17日

戸籍と相続とDNAの関係

最近300日問題が話題ですが、「別に本人たちがそれで良いって言ってるんだから良いのではないの?」と思っていたのです。前の夫が自分の子として入れたいって言ってるならともかく、産んだ妻が新しい夫の子として戸籍に入れたくて、その当事者である新しい夫のほうもそれで良いって言ってるのであれば、それが遺伝的にどっちの子であるかどうかはあまり関係ないのではないかと思ったりして。

と思ってたところに、先日、これまた仕事関係で『最高裁判所民事判例集』を開いていて、こんな判例をみつけてしまったのです。

親子関係不存在確認請求事件(裁判所ホームページ)

本文の「原審の確定した事実関係」というのがすごい。AB, DE, FGという3組の夫婦が出てきて、さらにC,上告人、被上告人という3人の2世が超複雑に絡んでて、わたしはあまりに複雑すぎて文章では理解できず、思わず図に書いてしまったくらいです。それでも上告人が出生してから約90年、その複雑な関係を内包したまま平穏無事に過ごしてきたのに、突如最高裁まで争うことになったのは、結局AB夫妻の遺産の行方の問題なのです。これ読んでて思ったのですが、300日規程とか、子供がどちらの子供として登録されるか、とかやたらと細かく決まっている意味のひとつは、こういう理由もあるのかなーと思ったのです。もしAと結婚していたBが、婚姻中にCとの子供をもうけて離婚、BとCはその後結婚し、わたしが言ったように、本人の希望でOKという運用がされたとして、BC両者の合意の上で(しかしそれは書面に残されず)子供DはBとCの子供として戸籍に登録される。が、30年後。Aは巨額の財を成し誰もが一目置くセレブだ。一方のBは再び離婚したりして、路頭に迷っている・・・。あるいはBもCも既にこの世になく、今年Aが亡くなった・・・なんてことになったら、絶対争いの種になると思いませんか?もしDNA鑑定をしてみたら、実はDはAの子供だったとか、実はDがBCの子供として戸籍に記載されたのは、BとCの合意ではなかったとか、「今更かよ」みたいな不毛な議論に陥る可能性は否定できません。だとするならば、例え多少面倒でも、手続きを経て公的な書類としてこの2人の合意で子供を戸籍に登録するという手順が必要なのかなーと思ったのです。Aと結婚していたBが、婚姻中にCとの子供をもうけたが、Cは何食わぬ顔をして去ってしまうという例も考えられるし(その場合、300日既定は非常に強力に作用してくれる。Aにしてみたらいい面の皮だけど)。いずれにせよ、法律はすべての例外を補ってくれるなんてことは無いものですよね。

話逸れますが、「戸籍」っていうのも変な制度なんですよね。結婚したときに戸籍を作りましたが、わたしという人間は全く変わらないのに、それぞれが元々記載されていた両親の戸籍から削除されて、夫婦で新しい戸籍を作るんだもん。戸籍だから、戸が単位で、人が単位じゃないんですよね。データベースに慣れてしまっている頭で考えると、非常に不合理な形を取ってると思うのですが・・・。総背番号制と、戸籍ってどこが違うんだよ、と思ってましたが、結婚したときなるほどそういうことなのね、と思ったのでした。

それはさておき、子供の戸籍がどうなるか、ですが。きっとこれは古いとか新しいとか、今ならDNA鑑定ができるんだからとか、そういう話じゃなくて(例え、DNA上は他人の子でも、自分が育てた子だと思う人間の感情だってあるだろうし、単にDNA上子供だからといって、80年ぶりに突然現れた、戸籍にも記載されてない人間に遺留分を主張されては納得できない人間もいるでしょう)、誰なら扶養する義務の範囲内で、誰なら相続の権利があるのかという線引きの問題なのでしょう。そのスパンは10年20年ではなく、相続やその子供の権利まで考えたら100年レベルの問題。だから拙速な議論で長年ルールを覆すのに尻込みする議員の気持ちも分からなくもないのです。

というのはわたしの妄想であって、本当はどんな議論がされているのかよく分かりません。新聞などに、慎重になる具体的な理由があまり書かれないのが気になります。「様々な議論がある」って、具体的にはどんな議論なのか、すごーく教えて欲しいんですけど。単に貞操云々の理由だけだとしたら、そりゃ反発したくなる人もいますよね。それぞれ事情もあるだろうし。「様々」と逃げちゃうから、なんで出来ないんだよーという声が大きくなってる気がしてます。

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