2007年6月29日

確かに覚えなくなったもの

Japan.internet.com Webマーケティング - 8割以上が「電話番号を覚えられなくなった」〜NTT-BJ が調査

私も自分のケータイ番号は覚えてないし(自分にかけることなんてまず無いし)、相方の番号も覚えてません。あちこちで書く機会の多い固定電話の番号は覚えていますが、先日某所で書こうとしたところ、いつもの癖で職場の番号(こちらはFAXも電話の番号も両方覚えている。毎日のように問い合わせの回答に使うので)を書きそうになって慌てました。

意識的には「覚えなくなった」というより必要が無いから「覚えられなくなった」ということなのですが、最近何もかも覚えなくなっていることに怖さを感じます。この前Googleで検索したやつ、とかは記憶してるのに、その記事をどこで見たか覚えてない。結局Googleデスクトップで検索したり。職場でも話してたのですが、1階のあの辺りの黄色い本とか覚えてるのに、タイトルは全然思い出せないこともよくあります。結局カウンターで質問を受けたとき、「ああ、それならあの本が良さそう」と思うのだけれど、タイトルが思い出せないからこの本と言えません。「ちょっと待ってて」と書架まで行き、「これなんかどうでしょう?」と提示するとき、心の中で「ここまで周辺情報が覚えられるなら、そもそもタイトル覚えとけよ」と自分でツッコミを入れてます。

ただ、記憶装置という意味では、曖昧な人間よりも、機械のほうがずっと得意です。いくら覚えておけると言っても、ケータイメモリのように正確に、普段使わないような番号まで何百件も覚えておけるわけではありません。メモリから呼び出せば間違い電話をすることも無いし。個人的には、その辺りはケータイメモリに頼っても良いと思ってます。一方で、様々な形で問われる質問から「この本が良いのでは?」という変換、「あの棚の辺りで、何色の本」みたいな曖昧な情報の記憶とその呼び出しは、人間のほうが格段に優れています。また、相手のレベルに応じて、あえて答えを言わずに「やり方を教える」という対応が出来るのも人間ならではです。機械は人間は共存するものであって、いずれかがいずれかに置き換わるものじゃないと強く信じている私は、「覚えなくなったのは、機械のほうが得意だから任せている」という言い訳をしているのです。

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