2007年8月11日

[exhibition]インカ・マヤ・アステカ展

インカ・マヤ・アステカ展

今日はかはくにインカ・マヤ・アステカ展を見に行ってきました。インカ・マヤ・アステカと並べてますが、実際のところ紀元前から14世紀くらいまでの長い期間にわたる中南米から南米にかけての文明を、時系列・地域別に展示したものです。

元々マヤ文明などを起こした人たちは、アジアから渡っていったモンゴロイドなんだそうで(そんな基本的なことも知らない私)、そう言えば似てるよなーと思った次第。それを知ったからかもしれませんが、ヒスイ類の石を使った宝飾品・呪術用の道具や、赤っぽく塗られた土器、精巧に掘られた石板などを見ていると、当時の材料や道具が限られていたのもありますが、人間の考える模様や色遣いというのは、どことなく似るものなのかなーと思います。

展示がそっちのほうに向いていたということもあるのですが、全体として、彼らの文化の根底にあるのは、自然への畏敬と信仰、それを示すための生け贄によって成り立っていたという感じを受けました。ただ、それを「何故人間を生け贄に?」という問いかけっぽいものが展示にもありましたし、録音ガイドにもあったのですが、それは現代人の傲慢ですよね。そもそも日本にも生け贄の風習はあって、それもそんなに古い時代のものではないのです。東京国際フォーラム(旧都庁跡)の地下には「丸の内三丁目遺跡」(フォーラムを作る際に発見された)があって、そこでも人柱と思われる頭蓋骨が発見されているのです。仮にそれが人柱ではなかったとしても、学会的に「人柱ではないか」という説が出てくるくらい、建造物に人柱と思われる人骨が発見されているということですよね。昔話や民話にもやまたのおろちを始めとして「人柱」という風習は何度も出てきます。それは洪水を沈めるためだったり、雨乞いのためだったり、山神様の怒りを静めるためのものだったりといろいろと理由はありますが、要するに「自然への畏敬と信仰」の一部だったと思うのです。太平洋を渡ったはるか遠い国の話ですが、こんなところで文明は結びついてるものなんですね。

でも、日本の民話でも生け贄が決まった人の家族は悲しむという場面が出てくるように、これだけ高度な文明を持っていた人たちが、人間の心臓を神に捧げる(当然その人間は死ぬわけで)ことをどう思っていたのか、知りたいなあと思うのです。一方でインカ文明では、家族のミイラ(気候的に自然にミイラになるらしい)の髪を綺麗にしたり、服を取り替えたり、そうやって死者を祀っていた、という展示を見ると、ますますそう思います。まだ分かっていないことも多いらしいこの文明も、今後いろいろと調査によって解明されていくのでしょう。一度マチュピチュに行ってみたいなーと思ってましたが、そんなことを言うのもおこがましいほど、自分が何も知らないことを知ってしまいました(笑)。あまりこの時代(この地域)は図書館でも聞かれないのですが、勉強になりました。

夏休みということもあって、こちらの特別展よりも常設展のほうが人気があるようでした(確か子供は安いんですよね)。時間が無かったので見られなかったのですが、3Dシアターみたいなのがあるみたいですね(ホームページを見たら、愛知万博で日本館にあったものを移設したようです)。行くたびにちまちまと新しくできた地球館を見ているのですが、あまりに広くてまだ全然制覇できていません。今度行ったらもう少し見てみよう。

次のかはくの特別展も面白そうです。10月23日からは「大ロボット博」。からくり人形から最新ロボットまで展示されるようです。この手の展覧会は混むのですが、行ってみようと思います。

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