2019年7月27日

別府と由布院をめぐる その1

このところの海外旅行でためたユナイテッドのマイルでANAの特典航空券を発券し、おんせん県大分に行ってきました。

ユナイテッドのマイルでANAの航空券を発券すると、国際航空券扱いになるのです。オンラインでチェックインはできないので、当日カウンターでチェックイン。国内線なのにカウンターでチェックインするなんて、結構久しぶりです。預け荷物無いときはちょっと不便。

1日目は大分空港からバスに乗って別府へ。別府といえばこの人。別府温泉の父、油屋熊八です。別府のここだけ妙にラグビー推しで、この人もラグビージャージになってました(大分はラグビーワールドカップの開催地のひとつ)。妙に似合ってます。


別府は古事記にその名前が見られ、現在も別府八湯をあわせると日本一の湧出量を誇る有名な温泉地です。ただその温泉地の紆余曲折は激しく、中央から離れていたこともあってか景気の波をもろにかぶったようです。1917年の『泉都別府温泉案内』に見える主な旅館の屋号がそのまま残っているところはほとんどありません。以前行った新潟の松之山温泉で、大正7年発行の案内に掲載されている宿がほぼ全て残っているのとは対象的です。例えば、明治末期の案内に必ずと言っていいほど出てくる「別府ホテル」は1920年前後を境に完全に名前が消えます。どこにあったかは記述でわかるものの、どうしてなくなったかもわからず、気になっていることの一つ。一方でこの油屋さんが創設した亀の井ホテルは今も健在で、亀の井バスは別府の町をくまなく走り別府市民の足を支えています。

別府駅の周りは、昭和の温泉地の匂いを色濃く残す一帯。駅前とその前の道路は再開発されたようですが、アーケード街やその裏の歓楽街は今も健在。午前中に通ったからか、人通りも少なくちょっと寂しいです。



竹瓦温泉は古い案内書にも出てくる歴史ある温泉。砂をかけてもらって入る砂湯が有名ですが、このあたりは竹瓦温泉だけではなく大小様々な砂湯があるそうです。


写真の右側に見えるペイペイの幟。「あ、ここPayPay使えるよ」なんて言ってたのですが、3日間でわかったのは別府・由布院はPayPayが席巻しているということでした。どこに行ってもPayPayが使えます。客単価が少額でクレジットカードでは手数料が高すぎ、交通系ICを入れるほど初期費用はだせない、けれど観光客によるキャッシュレス需要があるようなところはPayPayと相性が良いのでしょう。

駅前にもロマン感じる駅前温泉


そして、映画館がありました。上映作品の選定が素晴らしいです。参考:別府ブルーバード劇場


1957年に完成した別府タワーは、東京タワーと設計者が同じ。別府タワー公式サイトによると、昔は観光客が大勢訪れていたときもあったようです。今日はお天気がいまいちなのでパス。


この日の宿は別府駅から少し離れた山の中腹にある鉄輪温泉の山荘 神和苑 宙。別府と言えばあちこちから湯けむりがあがる景色が有名ですよね。あの湯けむりが見られるのが鉄輪です。


夜景もきれいでした。宿が高台の崖の上にあるので、湯けむりの向こうに別府湾を見ることができます。


鉄輪も昭和感が残るのですが、別府市街地とは少し違う感じです。そして、別府駅周辺でも多かったアジア系の外国人観光客がさらに目立ちます。宿の人も「外国人観光客が非常に増えてますね。まるで外国ですよ」と言っていましたが、それを裏付ける数字もあります。別府市の観光統計によると、現在の基準で集計を始めた2010年の外国人観光客は269,722人。年間確報値の出ている最新2017年は597,446人で、なんと2倍以上です。全体の観光客に占める外国人観光客の割合は、2010年の3.4%から2017年の6.7%と増加。そもそも別府は日帰り客が圧倒的に多く、宿泊客数は3割を下回ります。一方で外国人客は8割が別府に宿泊しているので、別府の宿は外国人頼み。ただ、直行便で1時間半の韓国人観光客数が他を圧倒しているのですが、ここ最近の不穏な情勢でキャンセルが相次いでいるとも聞きました。政治外交の駆け引きはあるのでしょうけれども、経済的には正直マイナスにしかなってないのではと思えます。

雨もあがったし、まだ14時過ぎなので近所を散歩しました。まずは蒸し風呂。鉄輪蒸し湯は、古い案内書にも出てくるお風呂ですが、今も同じ場所にあります。蒸し風呂の床に石菖という薬草が敷かれていて、そこで横になって8分間蒸されるのです。写真の建物から煙が出ているところが蒸し風呂(男女別で、入り方や時間は中にいるおばちゃんが管理してくれてるので、入り方がわからなくても大丈夫)。この3日間、何度もお風呂に入りましたが、おそらくここで半分以上の体の水分を交換したのではと思うほど、汗かきました。


蒸し湯の開祖は一遍上人。そのため一遍のお堂もあります。


みゆき坂には、古い演芸場や共同浴場もあり、どこか懐かしい感じ。裏側の山の景色もあって、熱海よりも草津を思い出させます。


そして日本で初めてバスガイドが案内したと言われる地獄めぐりをしてみました。


この海地獄、1920年刊の『大分縣寫真帖』にも写真があるのですが、当時の面影は全くありません。どの方向から撮ったのかさえわかりませんでした。


面白かったのはワニのいる鬼山地獄。ここのワニは餌付けの時間しか営業する気がないようですが、餌付けの時間もやる気がなかったです。ちなみに餌は骨付きチキン(生)でした。


口開けてるのは体温調節だとか、鳥に掃除してもらうためだとか、他の個体への信号だとか諸説あるようですが、この二匹はとても仲が悪いようで(右の一匹が、がっつんがっつん攻撃していた。写真は管理の人が右側に水をかけて追いやった後撮影したもの)私の中では威嚇に一票です。


お夕飯に別府名物地獄蒸しいただきました。肉や海鮮もよかったですが、野菜が甘みがあって美味しかった。


昭和の温泉場から新しい観光地への脱皮を模索している印象の別府でした。

参考文献
(1) 別府町史. 別府町役場, 1914
(2) 萩原定助. 別府写真帖. 萩原号, 1912.
(3) 上野一也. 泉都別府温泉案内. 雅楽堂松尾数馬, 1917.
(4) 新ポケット温泉案内. 改訂増補版, 日本交通公社, 1961.


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