2017年5月24日

[自転車]能登の最先端をめざして(4) 輪島から金剛崎へ

(3)から続く

2日目は朝7時前に輪島の宿を出発しました。この日は能登半島の北を目指して東側の海岸線を行きます。

町を抜けるといきなりのアップダウン。そのアップダウンの先に現れるのが白米千枚田です。


千枚田と呼ばれる棚田は全国あちこちにありますが、細い階段状に田んぼが折り重なるように海へと連なるこの棚田は、衝撃的な風景ですよね。


さすがに耕作を続けるのは大変だそうで、今は田んぼのオーナー制度を導入し、個人なら1枚2万円で田んぼオーナーになることができるそうです。ちょうど前の週に田植えが終わったばかりのようでした。これは緑の稲がのびてからも、そして黄金色の時期も綺麗そうですよね。もちろん冬景色も。


やはりここからも海岸線沿いの道は厳しいです。登っては下りを繰り返します。


でも海もありえないくらい綺麗なんですよ。


しばらくすると、窓岩という真ん中に穴の空いた岩が見え、その先に曽々木海岸があります。ここまでが輪島。八世乃洞門新トンネルを抜けると珠洲市です。

この八世乃洞門には旧道があります。2007年の能登半島地震で奥能登は特に道路などのインフラに大きな被害が出ましたが、旧道にあった2本のトンネルのうち、珠洲側の旧・八世乃洞門もそのひとつ。入り口付近が岩盤崩壊し、3ヶ月も経ってようやく片側交互通行の仮復旧で通していたそうですが、2009年に現道である新トンネルが開通し、旧道は廃道となりました(今も崩壊寸前の旧洞門は何故か片側だけが施錠されていて、通り抜けはできないです)。

海沿いの道はここしかなく、もしこのトンネルが通過できないとなると、山側へかなり迂回しなければなりません。当時はさぞかし不便だっただろうと思います。

トンネルを抜けて振り返ると見えるのが、垂水の滝。ぱっと見問題なさそうな旧・八世乃洞門も見えます。


珠洲市に入ってからしばらく平坦な海沿いの道が続きます。大谷というところで国道と分かれて県道28号へ。そこに出て来るのがこの日一番の厳しい坂、椿展望台への登りです。


2kmで高低差100mと数字上は大したことはないのですが、その2kmの間に何故か微妙な下りが入っています。そのせいで最大斜度は11%、特に最後の1kmはずっと8%という変に厳しい道です。

登りきって若干下ったところが木浦。本当の木浦の町はずっと下のほうにありますが、国道沿いに展望台があり、青い海が一望できます。


いよいよ狼煙の町に入りました。「ようこそ奥能登最先端の町 狼煙へ」という看板が私はお気に入りです。文字通り最先端ですもんね。

さて、最先端の最先端の禄剛崎は一旦通り過ぎ、金剛崎へ向かいました。そちらにも展望台っぽいものがあるようだったからです。ここから再び登って、金剛崎の先端へ到着。なんか不思議なモニュメントがありました。


その向こうの崖下には宿泊施設があります。洞窟があり、そこへ入れたりする散策ルート(有料)もあるようです。この宿良さげですね。


先ほどのモニュメントに自転車かけて撮ろうかなんて言って、振り返りました。すると、向こう(南側)に凄いものが見えました。


(5)へ続く

2017年5月23日

[自転車]能登の最先端をめざして(3) 輪島という町


(2)から続く

輪島の中心地は河井町というところです。河井町は東側は川があり、ドラマでも有名になったいろは橋(上の写真)などがかかっています。その向こうは鳳至町。河井町には朝市や、飲み屋などが連なるお店、そして南の端に旧輪島駅があります。

宿は北の端、マリンタウンというところにありました。住所もその名のとおりマリンタウンです。ここだけ若干浮いてる感じのする場所でした。


後で調べたところマリンタウン自体が10年ほど前から浜を埋め立てて作られた新しい造成地だったようです。上の写真のように大型の客船が停泊できる岸壁があり、朝市を訪れる観光バスなどが駐車できる広い駐車場もあります。そして主に外国人観光客をあてこんで市が誘致したのが、今回宿泊したルートインでした。自家源泉を持つと書きましたが、建物はもっと古くて温泉は後付だろうと思っていたら、実際は地下深くから動力を使って温泉を汲み上げるのが流行り始めた頃に建てられたってことですね。

この古い町には居酒屋とかは結構多いのですが、営業時間はあまり長くありません。輪島の朝は早いのです。蕎麦屋なんて19時に閉まります。今回、2泊とも夕食を外に食べに行きましたが、お店を探すのには若干苦労しました。

ちなみに2日目の夜は、古民家を使ったフレンチレストランを予約してました。とても雰囲気がよく、かつお料理も美味しくてとても良かったです。メインのお肉も良かったのですが、特にホタルイカのリゾットが最高でした。


お酒も豊富で旦那がウイスキーを頼んだら、東京ではプレミアムがついてものすごい値段で取引されてる2世代以上前の旧ボトルマッカランが普通に(当時の値段で)出てきて目を剥いてました。席は基本個室タイプなのですが、隣の広い部屋に女性ばかりの賑やかな団体客がいました。お店の人によると輪島(河井町)には「御当(おとう)」という、祭りを仕切る当番があって、40歳になる男性(数え42の厄年の男性)が当たるんだそうです。そうすると毎晩飲み会兼会議みたいなのがあって、ほぼ家にいない。奥さんたちを宥めるために?その御当の奥さん方を労う会が開かれるのだとか。お祭りが町のコミュニティを維持するというのは(特に女性ではなく男性が参加させられる)、私の家自体が正にそういう下町にあるのでわかるのですが、なるほど輪島の景観が比較的維持されているのは、こういうところにあるのかもなと思いました。

マリンタウンには、新しいキリコ会館があります。大昔に輪島に来た時、古いキリコ会館に行きました。「こんなカッコ良い建物では絶対になかった」と思いましたが、この新しいキリコ会館は2015年に出来た新館です。平成に入ってから、輪島は試練の連続でした。長引く不況で観光客数は伸び悩み、ロシアタンカー重油流出事故(1997年)、能登半島地震(2007年)、東日本大震災(2011年)と、持ち直したかと思うと災難が降り掛かってきました。2015年の朝ドラ「まれ」の放送と北陸新幹線の開業は大きかったですが、今後も維持できるかどうか(まれの再放送はもうなさそうですし...)。そんな中で、観光施設の目玉でもあった旧キリコ会館は2012年に運営元が倒産し、キリコ会館だけを商工会議所が借り受けて営業してましたが、2015年に市が半分出資する団体が新館を建て管理運営することになりました。ちなみに旧キリコ会館は、今も廃墟となって町外れに建物が残ってました。


輪島温泉の源泉の隣に足湯があって誰でも無料で入れます。今は6:00-22:00に開けてるようですが、開館当初は24時間が売りだったのだとか。それが夜中に騒いだり、足湯なのに裸で入ったりする輩が出て、結局夜間は閉めることになったのが開館1ヶ月後。何もかもが紆余曲折あるのが輪島です。温泉分析表を見たところ、2号源泉と書いてありました。じゃあ1号は?と思っていたところ、そもそも1号源泉が施設老朽化で使えなくなったので、2号源泉が掘削されたのだとか。1号源泉は湯温が低かったそうですが、この源泉は高温泉です。成分表には飲湯の効能も書かれていたし、外の源泉に柄杓があった(写真右下)ので、少し飲んでみたところものすごく塩辛い。海の温泉ですね。実は輪島温泉郷は源泉を持つ宿は少なく、この2号源泉からタンクで配湯してもらっています(だから、一番必要なさげなビジネスホテルが源泉持ってるというのは、やっぱり面白い)。


そんな面白い輪島の町ですが、これだけの規模の町なのに、町並みが整っていて綺麗なのが良いです。今回、いわゆる外浦と言われる西側を中心に走りましたが、西側のほうが良かったな。

(4)に続く

2017年5月21日

[自転車]能登の最先端をめざして(2) 富来から輪島、あるいは「まれ」のオープニング?


(1)から続く

国道249号は、富来を出てからしばらく山の中を進みます。アップダウンを抜けて再び海に出ると、そこは輪島市門前町です。「門前」という地名が表すとおり、鎌倉時代創建の歴史を持つ総持寺の門前として栄えた町でした。かつて大本山だった総持寺は1898年に大火で伽藍の大部分を消失、大本山機能は1911年に横浜市鶴見区に移転してしまいましたが、今も総持寺祖院として残っており、国道の行き先表示にも「総持寺」として出てきます。この門前は地元の人と話していると「門前の」とか「門前から」とよく言及されるキースポットで、バスの行き先にもなっています。

さて、ようやく海岸線に出ましたが、今度は向かい風にやられ気味です。たまたま面白い岩が見えたのでちょっと休憩。写真を撮ったのが上の写真ですが、後でトトロ岩と名付けられてることを知りました。この先に妙に立派な集落が現れます。このあたりは江戸時代から廻船業が始まり、総持寺の御用も務めた廻船問屋が北前船を数十艘を持って活躍したそうです。看板によると天領だったと書かれています。今でこそ鉄道さえ廃止にされる過疎の地ですが、当時は幕府が直轄するほど交通(物流)の要衝だったということですよね。

海岸線を走るのはほんの少し。今度は総持寺に向かって少し登ります。その総持寺の近くにファミマを見つけました。お昼から20km走ったので休憩。今回、3日間走って思ったのは、能登ではコンビニと言えばファミマだということです。セブンはほとんど(全く)見ませんでした。石川県は元々サークルKの出店数が多かった県で、それが統合でファミマになり、今はファミマ天国になっているのですね。リンゴ酢を飲みながら川の向かいをぼーっと見ていると、中学校が見えました。随分高いところにあります。この辺の子供たちは、毎日あの坂を上り下りしているのでしょうか。強くなりそうです。

国道249号で見慣れない信号機を見ました。これ、豪雪地帯用に開発されたフラットタイプのLED信号機です。LEDは消費電力が少なく省エネという点では良いものの、同時に発熱量も小さいために、着雪で信号機が見えなくなることがあるそうです。結局面積(横幅)を小さくするのが一番ということで、薄型タイプが広まっているのだとか。おもちゃみたいです。


総持寺を抜けたところで県道38号へ逸れます。山を越えて(さらっと書いてますが、この山越えは結構辛かった)、少し下ったところにあるのが男女滝(なめたき)。この滝、某新聞に「夏には滑り台にして遊ぶ人も」って書いてあったんですが、本当ですか?


さらに下ると、海が見える水田に出ました。このあたりは狭い階段状の棚田が多いのですが、ここは一枚が広く比較的平板です。


海に出る直前に上大沢(かみおおざわ)という集落があるのですが、集落全体が間垣で完全に覆われて要塞のようです。この日も風はあったものの危険を感じるようなものではなく、むしろ気持ちのよいくらいの風でしたが、ここまでするからには特に冬は相当の風が吹くのだろうなと思います。


先ほどの海が見える田んぼはこの集落のすぐ上に、そして集落の先には入江があります。このあたりは海沿いの狭い平地に集落をつくり、人々は半農半漁の生活をして暮らしてきたそうです。特に上大沢は1960年まで徒歩でしかたどり着けない秘境で、そのせいか古い風習が今も生きており、この過疎の時代に明治から戸数が一貫して横ばいの奇跡の村と言われているのだとか。最初間垣に囲まれた村に「要塞」の印象を持ったのはあながち間違いではないのかも。


能登半島を走っていてずっと思ってたのですが、あえて観光用に作られたものではなく、昔からの生活の知恵や地域の特性として工夫され、そして今も使われているこうしたものが、美しい景観を作り出しているところが多くて良いです。自転車は高低差に敏感ということは何度も書いていますが、高低差だけでなく風や気温といった気候、山や海といった自然の地形に左右されやすい乗り物でもあります。何故ここに集落があるのかとか、何故間垣が作られているのかとか、自転車で走ってるからこそ見えるものもあるので、自然に従って作られた景観は面白く感じます。

県道38号は海沿いを走ります。半島の海沿いの道は絶対に平坦ではないというのは、自転車乗りなら誰でも知っているでしょう。ここも例外ではありません。いきなりの急坂にやられます。


登ったと思ったら、突き出た岬を迂回するためにまた下りです。


この岬を越えると次の集落大沢集落に出ます。ここはNHKの朝ドラ「まれ」のロケ地のひとつ。朝ドラフリークの旦那が「ここ見たことある」と言ってましたが、後で確認したところ確かにここで撮影されたそうで、放送時は臨時バスが出るほどの人気だったとか。写真は集落を過ぎて再び登った高台から。


上り下りを繰り返すこと数度、三ツ岩岬という岬を超えたところで振り返ると、その岬の上の平地に、なんと水田が作られています。ちょうど田植えをしているのでしょうか。おじさんが作業をしていました。今も使われているのです。


これもまた後で知ったのですが、この水田、「まれ」のオープニングや本編に出てくるそうですね。こんなところ見つけるのは、さすがNHK。

さらに上り下りを繰り返します。崖の下に見える海はどこまでも青く、吸い込まれそう。


ゾウゾウ鼻の展望台を過ぎると、あと少しです。この西保海岸と言われる海沿いの集落をつなぐ県道38号は、ひたすらアップダウンの続く非常に硬派な道路ですが、海はどこまでも美しく、そして眺めも素晴らしい道路でした。今は新緑とヤマフジがとても綺麗でしたが、地元のおばちゃんによると、秋の紅葉も素晴らしいそうです。


輪島到着。宿はルートインです。ビジネスホテルですが、自家源泉を持ってる面白いホテルです。朝市が近く、町の中央にあって便利なのと、何人か自転車の人が泊まってるブログがあったので、自転車に慣れてるだろうと思ったのもありました。別に自転車ウェルカムというわけではないのですが、玄関の風除室のところに自転車を置かせてもらえました。初日は我々だけでしたが、翌日は外に旅バイクがあったので、やっぱりサイクリストはそれなりに来てるのかも。

夕飯はつけていなかったので、町の中で適当に居酒屋を見つけて定食をいただきました。そこのおばちゃんに、いろいろ観光スポットを教えて貰ったり、そこでやはり「門前」という地名が出たり。地元の豆腐をいただいたのですが、これが美味しかった。昔は辛子を練り込んだものだったそうですが、辛子は好き嫌いあるので、最近は別に付けるのだとか。旦那はカワハギのぬか漬けを炙ったものがお気に入りで、おばちゃんの「朝市で売ってるかも」という言葉を頼りに最終日の朝探したのですが結局見つけられず。ふぐの卵巣のぬか漬け(ふぐの子ぬか漬け)はあったんですけどね。石川のアンテナショップとかに入ってるかしら。本日のおすすめ看板に「カレーの一夜干し」とあって、「1日経ったカレー?でも一夜干し?」と疑問に思ってたら、「カレイ」だったという、面白いおばちゃんの居る恐らく地元民用のお店でした。おばちゃんの訛に、旦那の出身地方の訛と類似するような気配がありました。「尾張の人間が(つまり利家が)入ってきてるからだろ」という旦那の弁ですが、どうなんでしょうね。あのゆったりした言葉は、良いですね。

いよいよ明日は、能登の最先端を目指します。

ここまでの1日目のルート


(3)へ続く