2019年7月27日

別府と由布院をめぐる その2

その1 別府編から続く

別府から由布院はバスで約40分。山を一つ越えた隣町です。由布院は湯布院と書かれることもありますが、由布は昔から由布で、隣の湯平村と合併した際に湯布院町になったため。その湯布院町も平成の大合併で現在は由布市になりました。

東京の人間からすると、別府も由布院も大分県、しかも近いこともあって別府・由布院をそれほど区別していませんでした。ところがこの山一つ越えるというのがミソで、1964年に九州横断道路が開通するまでの由布院は鄙びた湯治場だったそうです。戦後間もない頃には由布盆地全体をダムにする構想もあったほど。駐屯地誘致とやまなみハイウェイの開通、そして由布院の人たちが別府を反面教師とし、温泉保養地として由布院を開発しすぎずに育てようとしたことが、現在の由布院の発展につながっています。

と、ここまで調べて実際に由布院に降り立ってみると、由布院は別府とは全く違いました。高度経済成長に続くバブルの時代にはゴルフ場計画や別荘地開発もあったそうですが、幸いにして中心に大きな歓楽街が出来ることなく、大きな宿や高い建物も無いために町の景観が美しいのです。駅から数分歩けば、こんな景色に出会えます。


この日は朝から雨だったのですが、着いてしばらくしたら青空が出てきました。台風が通過した直後で大気の状態が不安定だったのもありましたが、典型的な夏山の天気です。

夏休みの子どもたちが、水辺で遊びます。


この川を遡ると、金鱗湖。


平日なのに観光客が多いのですが、それもまた外国人。今度は由布市の観光統計を見てみましょう。こちらは2018年まで公開されていますが、2010年と比べると外国人観光客数はなんと6倍超(2018年 891,676人)。特にここ数年は毎年200%のペースで増えています。観光客のうち、外国人は約2割。せいぜい6%の別府と比べると外国人が目につくのもわかります。特にこの日のような平日なんて、ほぼ外国語しか聞けませんでした。

1975年、由布院はM6.4の直下型大地震に襲われました。南西の山下湖にあったコンクリート製のホテルが倒壊するなど大きな被害があり、そのために観光客が激減したそうです。復興の一環として取り入れられたのが辻馬車観光。私とほぼ同い年の辻馬車は、今も元気に町を案内しています。


これが思った以上に良い。ゆったり歩く辻馬車に揺られながら、由布院の景色を楽しめます。




佛山寺と宇奈岐日女神社では10分間の停車時間がありました。



宇奈岐日女神社の小川には「ほたるの里」と彫られた石碑があります。辻馬車のお兄さんによると、この辺の小川は蛍が舞うそうです。時期は5月下旬から6月中旬頃だとか。見に来てみたいです。

辻馬車と同じ頃に始まったのが「ゆふいん映画祭」。由布院には未だ映画館がなく、映画上映も公民館などで行われる手作り映画祭だそうですが、それを理解して毎年俳優や監督が手弁当で来てくれているとか。今年は安藤サクラ・柄本佑夫妻がくるそうですよ。

この日の宿は中心街から少し離れたところにある一壺天。この先に自衛隊の演習場があるため、まちなかにある駐屯地とを結ぶ道路は不自然に広いです。帰りに乗ったタクシーの運転手によると「自衛隊の戦車が通れるように作られてる」とか。

ひぐらしの声を聞きながら、お部屋の半露天風呂に入りました。


逆方向には由布岳を望める貸切風呂もあるのですが、残念ながら由布岳は望めず。宿からは最大見えてここまででした。


最後、由布院駅から発つ前に、ようやく全貌を見せてくれました。


大分には「やせうま」というお菓子があると聞いたのですが、別府で見本としてみた「やせうま」の形が「え、これがお菓子?」と思えるもので、すごく気になっていたのです。これもまた最後の最後、由布院の駅近くで食べてみましたよ。要するに、きなことあんみつで食べるきしめん。


由布院からは1989年に開業し、今年で30年になる特急「ゆふいんの森」号で博多へ。



博多からくる折返し列車は中国人観光客を満載して来て、そして由布院からも中国人観光客を満載して博多へ戻ります。みんな手にJR Kyushu Rail Passを持っていてとても羨ましい。JR九州のみの周遊券もあるんですね。この日のゆふいんの森号は3便とも満席でした。大人気。

福岡空港から飛行機で東京へ戻りました。さすが福岡から飛ぶ飛行機はほぼ満席で、しかも大型機でした。

由布院は、地理的特性(あるいは地理的不利)から発展がゆっくりで、盆地のために外からの流入も少なくて開発が遅れ、それが巡り巡って今の時代に合う自然の景観を残しているのだと思います。別府は人口も多く、都会のためにそうはいかなかった。大量のマネーが投下されては引き上げられ、世間の景気に左右されながら乱開発された結果が今の別府。温泉そのものは流石に別府に軍配(優しい単純泉の由布院も嫌いではない)ですが、地域としての魅力は由布院の圧勝という感じ。観光地としてのまちづくりの難しさを考えさせられます。一方で、内需はもう期待できず、双方ともお隣アジアの観光客に頼る割合が増えていて、東アジアの経済状況や日本との外交関係に左右される面は否めません。別府・由布院は近いからハシゴしようという感覚で行ったのですが、比較してみると非常に面白かったです。

というわけで、2泊3日で泉都別府・由布院をめぐる旅は終わり。温泉堪能しました。

参考文献
(1) 猪爪範子. 湯布院町における観光地形成の過程と展望. 造園雑誌. 1992, vol. 55, no. 5, p. 367–372.

別府と由布院をめぐる その1

このところの海外旅行でためたユナイテッドのマイルでANAの特典航空券を発券し、おんせん県大分に行ってきました。

ユナイテッドのマイルでANAの航空券を発券すると、国際航空券扱いになるのです。オンラインでチェックインはできないので、当日カウンターでチェックイン。国内線なのにカウンターでチェックインするなんて、結構久しぶりです。預け荷物無いときはちょっと不便。

1日目は大分空港からバスに乗って別府へ。別府といえばこの人。別府温泉の父、油屋熊八です。別府のここだけ妙にラグビー推しで、この人もラグビージャージになってました(大分はラグビーワールドカップの開催地のひとつ)。妙に似合ってます。


別府は古事記にその名前が見られ、現在も別府八湯をあわせると日本一の湧出量を誇る有名な温泉地です。ただその温泉地の紆余曲折は激しく、中央から離れていたこともあってか景気の波をもろにかぶったようです。1917年の『泉都別府温泉案内』に見える主な旅館の屋号がそのまま残っているところはほとんどありません。以前行った新潟の松之山温泉で、大正7年発行の案内に掲載されている宿がほぼ全て残っているのとは対象的です。例えば、明治末期の案内に必ずと言っていいほど出てくる「別府ホテル」は1920年前後を境に完全に名前が消えます。どこにあったかは記述でわかるものの、どうしてなくなったかもわからず、気になっていることの一つ。一方でこの油屋さんが創設した亀の井ホテルは今も健在で、亀の井バスは別府の町をくまなく走り別府市民の足を支えています。

別府駅の周りは、昭和の温泉地の匂いを色濃く残す一帯。駅前とその前の道路は再開発されたようですが、アーケード街やその裏の歓楽街は今も健在。午前中に通ったからか、人通りも少なくちょっと寂しいです。



竹瓦温泉は古い案内書にも出てくる歴史ある温泉。砂をかけてもらって入る砂湯が有名ですが、このあたりは竹瓦温泉だけではなく大小様々な砂湯があるそうです。


写真の右側に見えるペイペイの幟。「あ、ここPayPay使えるよ」なんて言ってたのですが、3日間でわかったのは別府・由布院はPayPayが席巻しているということでした。どこに行ってもPayPayが使えます。客単価が少額でクレジットカードでは手数料が高すぎ、交通系ICを入れるほど初期費用はだせない、けれど観光客によるキャッシュレス需要があるようなところはPayPayと相性が良いのでしょう。

駅前にもロマン感じる駅前温泉


そして、映画館がありました。上映作品の選定が素晴らしいです。参考:別府ブルーバード劇場


1957年に完成した別府タワーは、東京タワーと設計者が同じ。別府タワー公式サイトによると、昔は観光客が大勢訪れていたときもあったようです。今日はお天気がいまいちなのでパス。


この日の宿は別府駅から少し離れた山の中腹にある鉄輪温泉の山荘 神和苑 宙。別府と言えばあちこちから湯けむりがあがる景色が有名ですよね。あの湯けむりが見られるのが鉄輪です。


夜景もきれいでした。宿が高台の崖の上にあるので、湯けむりの向こうに別府湾を見ることができます。


鉄輪も昭和感が残るのですが、別府市街地とは少し違う感じです。そして、別府駅周辺でも多かったアジア系の外国人観光客がさらに目立ちます。宿の人も「外国人観光客が非常に増えてますね。まるで外国ですよ」と言っていましたが、それを裏付ける数字もあります。別府市の観光統計によると、現在の基準で集計を始めた2010年の外国人観光客は269,722人。年間確報値の出ている最新2017年は597,446人で、なんと2倍以上です。全体の観光客に占める外国人観光客の割合は、2010年の3.4%から2017年の6.7%と増加。そもそも別府は日帰り客が圧倒的に多く、宿泊客数は3割を下回ります。一方で外国人客は8割が別府に宿泊しているので、別府の宿は外国人頼み。ただ、直行便で1時間半の韓国人観光客数が他を圧倒しているのですが、ここ最近の不穏な情勢でキャンセルが相次いでいるとも聞きました。政治外交の駆け引きはあるのでしょうけれども、経済的には正直マイナスにしかなってないのではと思えます。

雨もあがったし、まだ14時過ぎなので近所を散歩しました。まずは蒸し風呂。鉄輪蒸し湯は、古い案内書にも出てくるお風呂ですが、今も同じ場所にあります。蒸し風呂の床に石菖という薬草が敷かれていて、そこで横になって8分間蒸されるのです。写真の建物から煙が出ているところが蒸し風呂(男女別で、入り方や時間は中にいるおばちゃんが管理してくれてるので、入り方がわからなくても大丈夫)。この3日間、何度もお風呂に入りましたが、おそらくここで半分以上の体の水分を交換したのではと思うほど、汗かきました。


蒸し湯の開祖は一遍上人。そのため一遍のお堂もあります。


みゆき坂には、古い演芸場や共同浴場もあり、どこか懐かしい感じ。裏側の山の景色もあって、熱海よりも草津を思い出させます。


そして日本で初めてバスガイドが案内したと言われる地獄めぐりをしてみました。


この海地獄、1920年刊の『大分縣寫真帖』にも写真があるのですが、当時の面影は全くありません。どの方向から撮ったのかさえわかりませんでした。


面白かったのはワニのいる鬼山地獄。ここのワニは餌付けの時間しか営業する気がないようですが、餌付けの時間もやる気がなかったです。ちなみに餌は骨付きチキン(生)でした。


口開けてるのは体温調節だとか、鳥に掃除してもらうためだとか、他の個体への信号だとか諸説あるようですが、この二匹はとても仲が悪いようで(右の一匹が、がっつんがっつん攻撃していた。写真は管理の人が右側に水をかけて追いやった後撮影したもの)私の中では威嚇に一票です。


お夕飯に別府名物地獄蒸しいただきました。肉や海鮮もよかったですが、野菜が甘みがあって美味しかった。


昭和の温泉場から新しい観光地への脱皮を模索している印象の別府でした。

参考文献
(1) 別府町史. 別府町役場, 1914
(2) 萩原定助. 別府写真帖. 萩原号, 1912.
(3) 上野一也. 泉都別府温泉案内. 雅楽堂松尾数馬, 1917.
(4) 新ポケット温泉案内. 改訂増補版, 日本交通公社, 1961.


その2 由布院編へ

2019年6月16日

[自転車]台風一過のような東京でオリンピックが近づいていることを感じる


雷と嵐のような雨が過ぎ去った東京は、朝から晴れてまるで台風一過のようです。あるいは梅雨の終わりの時期のような。近年、梅雨ってはっきりしないですよね。

というわけで、久しぶりに晴れたし、ようやく足の傷もふさがって動かすのに問題がなくなったのでリハビリ兼ねて自転車で湾岸部を一周してきました。強い南風の吹く湾岸部は、日が当たる場所は暑いのですが、海を通る風はそれなりに心地よく、まだ「自転車に乗るのは危険すぎる」というほどの暑さではないようです。

いつものように夢の島公園の前を通ると、ずっと工事をしていた駐車場入口が綺麗になっていました。ここはオリンピックではアーチェリーの会場になります。それに合わせて大々的に改装が行われています。アーチェリー場は下の写真の右奥のようです。左側に見えている歩道橋(まだ閉鎖中)はその会場に直接アクセスできるルートなのかも。


明治通りから湾岸道路に出ます。湾岸道路は東京都の自転車道構想では回遊ルートの一部になっています。ただ、産業道路でトラックが多く、路肩も狭くて自転車にとって危険すぎるのが難点でした。その解決策なのか、他の道路のようにブルーラインを車道に引くのではなく、歩道が非常に広くなりました。清掃工場の先から若洲につながる自転車道へ。この自転車道はとっても景色が良いのですが、今日は風が強くてちょっと怖かった。


東京ヘリポートでは、今日は日テレのヘリが給油してました。


また、最後の角を曲がると若洲橋の向こうにどーんと現れる富士山は、江東百景にしてもいいと思うくらい好きな景色。もうすぐ山開きの富士山ですが、6月10日〜11日かけて、季節外れの雪が降ったとニュースで言ってました。まだその雪が残ってますね。


ゲートブリッジの向こうには、本日(6月16日)に完成式典が行われる「海の森水上競技場」が見えます。ちょっとわかりにくいですが、中央に観客席があるのがわかるでしょうか。この競技場ではオリンピック・パラリンピックではボートとカヌー・スプリントが行われます(カヌー・スラロームは葛西臨海公園)。


青海に建設されている新客船ターミナルも順調そう。建物が作られ始めました。


こちらにお株を奪われてしまいそうな晴海の客船ターミナルには、今コスタ・ネオロマンチカが入港中。豊洲ぐるり公園からは全体が見えます。


話がそれますが、ぐるり公園ではよく釣りをしている人がいます。特に釣りは禁止されておらず、おそらく管理者が作ったと思われる「食べてはいけない魚」の説明書きがあるほどです。今日たまたま釣り竿が弓のようになっていてタモを海へ差し出している人がいたので見ていると、なんと大きなクロダイが上がってきました。我々だけではなく、通りがかりのランナーなんかも興味津々。「おー!!」って感じでした。この辺、結構クロダイが釣れるらしいのです。他にも高級魚のスズキも。小さいイワシとかを釣ってるのは見たことあるのですが、あんな大物が釣れるとは知りませんでした。

晴海側に渡ると、いよいよ選手村が出来上がりつつあります。これだけの建物を一気に建てることって他にあるのかなあ。高島平団地ができたときとか、こんな感じだったのでしょうか。うちの旦那が、「どれもこれも同じ建物に見えて、この中で選手が迷いそうだな」と言ってました。


東京オリンピックの開会式まであと約400日です。20日にはチケットの抽選も行われますね。気づくと後1年って本当にあっという間。オリンピックのとき、この辺どんな感じになるんでしょうね。


2019年6月3日

豊洲市場マグロせり見学



豊洲市場のセリ見学者用デッキが開放されて半年。デッキで見学するには、訪問予定日の前月の半ばに受付が行われる抽選に申し込まなければならず、「いつでも行けるし」と思って、まだ行ったことがなかったのです。先月、たまたま「募集開始します」という情報を見て「そう言えば6月にGWの代休取ってたな」と思い、その日に応募してみました。実際のところ抽選とは名ばかりで、そこまで応募はないと聞いていましたがどうなのでしょう。

有楽町線の始発は5時台、ゆりかもめも5時過ぎにならないと動きません。一体どういう人が来るんだろうと思ってました。行ってみてわかりました。9割方外国人でした。恐らく近所に宿をとっているか、ホテルからタクシーで来るのでしょう。普段から外国人ばかりなのか、Englishという札を着けたお姉さん(1人)がいて、デッキ見学者用の受付へ案内してました。とはいえ、人は次々来るので列整理のガードマンも頑張って英語で対応しています。デッキでの見学は事前抽選ですが、2階の見学者用通路からも見学は可能なので、申込み票を持っていない人は入れないことや通路の入口を案内していました。そして我々が行ったら一瞬の戸惑いの後「日本の方ですか?」と聞かれました。日本にいながら、外国に旅行した気分。

市場は開場前に何度か見学に来ているのですが(青果も含めたセリ場や内部にも入っているのですが)、実際に商品が入っているのを見るのは初めて。大量のマグロが並ぶ光景はテレビではよく見ますけど実際に見ると思っていた以上に壮観ですね。見学用デッキへ降りる階段のドアを入った途端、魚の匂いが襲ってきました。上の見学者用通路からでも十分楽しめると思いますが、見学デッキはセリ場に近いのはもちろん、この匂いとか、セリ場の寒さ(半袖だとちょっと寒かった)、そしてセリの始まりを知らせる鐘や掛け声など、臨場感あって良いです。最初の写真の手前は冷凍、奥は生鮮です。私たちがデッキに入ったときは、奥の生鮮のほうでセリが行われていました。


鐘が鳴り、次々売れてるようなのですが、動きが大きいのは売ってる側だけ。一体誰が落としてるのかさっぱりわかりません。それでもどんどん落札されているようで、黄色い札が貼られていきます。

生鮮が売れている後ろでは、仲買人が冷凍マグロを吟味中。どこまで触っていいのかよくわからないのですが、中が見えるように上に置かれている尾の部分だけではなく、本体の尾の部分にピッケルみたいな道具をガンガン入れて中身を切り出してました。


残念ながら冷凍物のセリが始まる前に時間終了。次の組に交代でした。

なんか外国人には不評で人が少ないとか言われるみたいですが、今日見た限りでは月曜の朝6時前とは思えないくらい、2階の見学デッキも人がたくさんいました。もちろん外国人ばかりでした。見学は6時頃には終了ですので、出勤先が都心なら、見学後に市場飯を食べてエクストリーム出社も十分可能です。セリ見学の申し込みはこちら


2019年5月1日

[自転車]サムイ島北東部を走る


今年のGWはもともと日並びがよかったので、どこかに行こうと思っていました。夏に遠出予定なので、5月は近場でということで東南アジアを選択。GW中は雨季に入るのであまりよくないのですが、東側のタイランド湾にあるサムイ島はこの時期も天気が比較的良いと知りタイに決めました。連休中は旅行業者を通すと高いので、完全に個人旅行です。4月26日夜羽田を出発して、4月30日夜羽田に戻ってくる航空便と、あとAgodaで宿(トンサイベイ)を手配、ついでに送迎もお願いして、あとはもう行ってから考えようというノープラン旅行。あまりにノープラン過ぎて、前日に「あ、そういえばタイってビザいらなかったっけ(あとパスポート残り期間はいくら必要だっけ)」と確認するヒヤヒヤ感ある旅行でしたが、まー特に問題なく楽しく過ごしてきました(もちろん短期間観光でタイへ入国するのにビザは不要です)。

最初の写真は、3日間滞在した宿のコテージからの景色です。リゾート全体が森のようになっていて、一番下にはプライベートビーチ。また鳥や虫が盛大に鳴く声を聞きながら過ごせる場所でした。




毎日ゲストを楽しませるためのイベントが開かれています。ファイヤーショーとかやや昭和感ありましたが、ローカルの海の幸をその場で焼いてくれるBBQパーティや、無料のカクテルパーティなどおしなべて素敵でした。ヨガクラスが到着日と出発日の朝に設定されてしまっていて、参加できなかったのが残念です。

ファイアーショーのクライマックス

トンサイベイは日本人もよく行くので、旅行記もネットにたくさんあります。そちらをどうぞ。ちなみにさすが10連休のGW、日本人だらけと言っても過言ではないほど日本人ばかりでした。リゾート内ですれ違うアジア系のゲストとは、何の躊躇もなく「おはようございます」など日本語で挨拶してました。また、食事については何を食べても美味しかった。タイの辛いは日本の激辛と聞いていたのですが、辛い指標で中辛とされていたものでも普通の辛さだったかな(旦那は滝汗かいてましたが)。

滞在2日目、ビーチやローカルな寺などを巡るために自転車を借りてでかけてきました。リゾートにも自転車チームがあるらしいのですが、貸してくれる自転車もTREKのマウンテンバイクです。ちゃんと整備もされていて1日200Bで借りられました。自転車乗れたらいいなーとは思っていたのですが、「自転車に乗った」というサムイ島旅行記が全く無かったので、その部分だけをしっかり記しておきます。

まず目指すはサムイ島で最も栄えた場所、チャウエンビーチです。普通の道を走っていると、面白いんです。こういういかにもタイっぽい、多くの庶民が生活する場所と、リゾート地とが交互に現れます。昔から欧米の人には人気のリゾート地だったそうですから、乱開発を続けた結果が今の姿なのでしょう。右に見切れている見慣れたオレンジ緑赤の線は、セブンイレブン。道路沿いにはセブンとファミマが半々ぐらいでありました。途中で水分補給のためにセブンに立ち寄りましたが、中は日本のセブンイレブンと全く同じで、価格は3分の1という感じ。補給には困りません。


道は全体的に悪いわけではなく、自転車でも問題はなかったです。いずれにせよマウンテンバイクは最高です。ある程度ギアのあるきちんとした自転車は必須。何しろこんな坂だらけですからね。


激しい登りと下りを繰り返して、ようやっとチャウエンビーチに到着。


上から見ると、とてもキレイですが、やっぱり栄えてる感あるというか、少しうるさいかもなーと思いました。


次がクリスタルビーチ。こちらは少し中心から離れているからか、とても静か。海も穏やかでとても綺麗でした。


ここも上から見るとまた違った趣が。


一度チャウエンビーチ方向へ戻り、ビーチ方向へは曲がらずにフィッシャーマンズ・ビレッジへ向かいます。相変わらず上り下り激しいです。ふと上を見るとすごいところに家が建っています。別荘かもしれません。この島はココナッツ・アイランドとも呼ばれ、とにかくヤシの木が多いのですが、ヤシの木よりも高い建物は禁止されているのだそうです。だからなのか、ああいう崖上を開発するのでしょうか。台風も地震もある場所だと思いますが、地盤的に大丈夫なのか気になってしまいます。


ボープットビーチに到着。


ここは昔静かな漁村だったそうなのですが、欧米の人々が移り住んだ結果、リゾートや古い建物を活用したレストランなど素敵な建物が増えて、他とは少し違う趣の通りになっています。


衝撃的なのは街灯。上からぶら下がっているの、電線直結に見えますし、もしかしたら普通の電気の傘?自転車で走っている間、ずーっとジジジジジジ...という音が聞こえていたのですが、旦那いわく「電線から漏電してる」とのこと。また、道端のローカルなお店では瓶入りガソリンがスタンドの半額ぐらいで置かれているのを普通に見かけましたが、さすがタイ。ちょっと怖いです。

ここでお昼。フィッシャーマンズ・ビレッジの入り口近くにカオマンガイ屋があるので、そこでいただきました。ハエと闘い(争い?)ながら食べたカオマンガイ、最高でした。この日は直射日光はそれほど厳しくなかったものの、気温は30度を超える真夏日で、大量に汗をかいた我々には、一緒に供された鳥スープも塩が効いていてとても美味しかった。2人で140B(約500円)。なぜかテーブルクロスがドラえもん。


4171号線を北上してビッグブッダに向かいます。この通りは新しく開発されたと思われる地域で、(やはり山の上の)別荘?も綺麗です。道路の様子もちょっと違う。街灯は鳥(ガルダ?)があしらわれて、それが明かりを咥えているという意匠が素敵。先程の電線直結とは雲泥の差があります。


そしてビッグブッダへ。ワット・プラ・ヤイという寺院のために作られた人工島にあり、文字通り大きな仏像が鎮座しています。普通、お寺は裸足で入るようなのですが、ここは「10時から16時までは靴を脱ぐな」と書かれています。


近くから見上げた写真を改めて見ると、下から見上げる我々を微笑みながら見下ろしている感じ。とても癒やされます。


足元には、お釈迦様に祈る猿が。


このビッグブッダのすぐ近くにワット・プライ・リム(レーム?)という別の寺院があります。この本堂を中心に、


右に衝撃的な千手観音。


左に釈迦の十大弟子の一人、迦旃延(かせんねん)の像(恐らく)。タイではプラ・サンカチャイ(あるいはサンガッジャーイ?)というらしいですが。布袋さんっぽい。


ビックブッダにあったこれも同じかな。顔のインパクトが激しい。


寺全体が池に浮かんでいる感じなのですが、その橋の欄干にやはり鳥の彫刻があしらわれています。鳩が真似してます。


上の迦旃延像の四隅には別の仏さまが鎮座しているのですが、これ阿修羅像ですよね。


これはガネーシャ?


我々の考える侘び寂び感あふれる仏像 のイメージとは正反対の極彩色(かつ大型の)仏像が楽しいです。

最後は再び坂を登って宿に戻ってきました。

自転車で北東部分を40kmほど走った感想ですが、東京のようにスピードを出して走る車はほとんどなく、普段23区内を走る我々にとってはそれほど怖くはありませんでした。ちなみに写真でわかるかもしれませんがタイは左側通行です。それもありがたいです。また信号はほとんどなく、今回走った中で信号があったのは1度だけ。逆にそのせいで交差点は(大小関係なく)要注意です。突然出てくる車がいますし、突然右折するために止まる車がいます。実際に、右折するために止まった車の後ろの車が急ブレーキ、その後ろが止まりきれずにオカマを掘る、という場面に遭遇してしまいました(まさに旦那が自転車で走っている隣の車が追突した)。それほど速度が出ていたわけではないので大事には至っていないようでしたが、まあそういう危険はあります。ヘルメットは必須のようで、2人分宿で貸してくれました。ちゃんとした自転車用ヘルメットで、重さもなかったです。

なお、途中すれ違った自転車は、西洋人のマウンテンバイカー(女性)と、ロードの男性2人。いずれも自転車意識は世界共通。Good Morning!とお互い挨拶しました。もちろんアジア人の自転車乗りは見ませんでした。

この日のルート。



今回、タイのAISのプリペイドSIMを買って(8日間データ通信3GB、100分の通話付きSIMがAmazonで460円だった)、iPhone 7(SIMフリー)のSIMを挿し替えて使いました。なので、Stravaで記録も取れましたし、途中でGoogle Mapも自由に使えました。4Gが日本と遜色ないレベルで使えます。SIMフリーおすすめです。