2007年8月29日

携帯メールとemailはやっぱり文化が違うと思う

図書館との連絡のやりとりに、メールは欠かせない手段になっています。多くの図書館サービスがオンラインで申し込めるようになっている現在、申し込み時にメールアドレス入力を必須にしているくらい、メールは無くてはならない連絡手段です。携帯電話に電話するという方法もありますが、我々がメールで問い合わせをするという事態になる場合は、何かトラブルがあり(例えば、申し込み先の図書館で、取り寄せを申し込んだ本が貸し出し中だったとか、紹介状依頼で希望の来館予定日が相手先の休館日だったとか)、それを解決するために様々な言語のタイトルやら、複雑なことを伝えなくてはならず、緊急連絡以外に携帯電話でのやりとりは向いていません。特に学生さんたちは昼間授業を受けていることが多いので、こちらも何度も携帯にかける煩わしさを考えると、まずはメールで連絡します。

しかし、最近その登録メールアドレスとしてケータイアドレスを利用する人が増えてきました。こちらは当然通常のemailで送信するので、改行を入れてかなり長い文章を平気で送ります。必要があれば添付ファイルを付けたりもします。ケータイのアドレスだと分かっている場合(ezweb.ne.jpとかがドメインだったりする場合)は、なるべく改行は少なく、文章も短く送ったりするのですが、それでも「トラブル発生、こういうオプションがありますが、どうしますか?」ということを伝えるわけですから、ある程度の長さになってしまいます。同時にいくつも申し込む人も多いですから、「○○の件です」ということも正確に伝えなければなりません。

ところが、それに対して返ってくるメール。署名なし、引用なし、改行なし、そして名前もなし。「わかりました、こうしてください」という内容を一行で伝えてくるメールが多いのです。私はケータイメールをほとんど使わない人間なので、どうもこの文化になじめません。前に「★」を「。」として使う文化になじめないと書いたことがありましたが、あれと同じ感覚です。そうやって一行メールを送ってくる人は別に世代を問いません。様々な年代の人がそうやってケータイでメールを送ってきます。

今日gooブログトレンドランキングで、こんなエントリを見つけてしまいました。

FPN-「件名なし」のメールを「常識」とする若者たち

「件名なし」は、まだインターネットとケータイ網が別の世界だったころ、SMSなどでは件名を入れる欄が無かったから作られたケータイ文化の一部だと思うのですが、内容としては大筋賛成。どっちかっていうとケータイメールは友人と友人とのやりとりというイメージで、だからこそすごく厳しい着信制限をしても問題ないわけです。ショート・メッセージという言葉が示すとおり、あれは手紙というよりチャットだと思うのです。だから一々元メールを引用しない。一々頭で「○○です」と名乗らない。そこまでは理解できます。全然問題ないと思います。私もケータイで相方にメールするときは件名なし、本文に「今から帰る」だけで送信したりします。それでもそれぞれのケータイには名前で登録してあるから、誰からのメールかは一目瞭然なのです。でもemailは違います。ましてや図書館から送るemailは、友人に送ってるわけではありません。メールアドレスだけ(しかも迷惑メール対策で、暗号のようになったメールアドレス)を見ても誰だかわからないのです。そしてパソコンでは改行のない長い一行は読みにくいのです。ケータイをemail代わりに使っている人はもう少し気にして欲しいんです。というか、それが慣れない、出来ないというなら、やっぱりケータイをemail代わりに使わないほうが良いと思うのです。

もしかしたら、冒頭で名乗らない、引用しない、改行しないケータイメールを普通にemailとして使うほうが「常識」だったりするのでしょうか。技術的にはともかく、文化的に最近取り残されてる感のある私です。

2007年8月21日

EOSも40Dに

キヤノン:EOS 40D

昨日発表で、さっそくいつものカメラ屋さんから「予約開始!14万8000円 さらにお安く!」というメールが来ました。実際は13万〜14万くらいでしょうか。

私の持っている20Dはもう前の前の機種になりかけです。ただ、20Dは私の中では良くできてるカメラだと思ってるので、もうちょっと使い倒そうと思ってます。というか、ここまで型落ちになっちゃうと(かなり使い込んでて目立つ傷もある(笑))、買い替えというより、次の機種は買い増しになるかなーとも思ってて、次買うときは、キヤノンのフィルムカメラの目玉機能だった「視線入力」が使えるようになってからかなぁ。次こそ視線入力、と言われてる気がするのですが、なかなか出ないですね。

今回の大きな変更は、なんと一眼レフでは「出来ない」と思っていたデジカメらしい撮影方法、ファインダーではなく背面の液晶画面を見ながら撮影できるモードがついたこと。すっかりファインダーに慣れてしまうと、たまにコンパクトデジカメを渡されて「シャッター押してください」と言われるときに逆に途惑うんですけど、あれがとうとう一眼レフでも出来るようになるそうです。ファインダーはどうしても視野率が100%にならないので、特に花とか風景とかをメインにしている人には嬉しい機能かもしれないです。

しかし、RAW画像が1010万画素ってすごいですね。数年前まで1000万画素を超える一眼レフなんて、超高級機だけだったし、とても手の届く値段じゃなかったのに、今や実売14万程度。ただ1枚のファイルサイズがあまりに大きくなりすぎて、ちょっと使いにくいという可能性も。

自動埃取り機能はちょっと羨ましい。

そして、「新たに写真を趣味にした本格志向の中高年層」というキヤノンのマーケティング戦略にちょっと脱力(笑)。


足りなくなったらどうなるんだろう

asahi.com:「21日、電力需給逼迫の恐れ」 東電、緊急発電を準備 - ビジネス

ここ数日、この記事に代表されるような東電の「まじやばい」記事が増えてるように思うのですが、実際のところ足りなくなったらどうなるんでしょうね。供給量を超えた時点で、大停電?でもそうなればその時点で需要はゼロになるから、再び点いたりするのかしら。自家発電があるところはそれでどうにかなるのかなあ。それでも去年の夏の首都大停電のときは、鉄道自体はともかく、駅構内がダメでしたからね。

今朝は大分秋の風の雰囲気ですが、日中は暑くなりそうですね。ただ、あの一時期の氷枕を抱き枕にしてても汗が出てくるような暑さは解消されたように思います。よく分からないのですが、高さとか、ベランダの奥行きが結構ある(直射日光が入らない)とかが関係あるのでしょうか。

2007年8月16日

北海道土産

ニュースを見ながら食べるお菓子。それは

白い恋人

でもこれは”回収対象品”じゃないみたいです。職場に持って行った白い恋人も大丈夫そうでした。北海道土産と言えば・・・の代表選手だったので、残念です。この缶も結構良かったし。問題の28枚x2缶入りは、ホワイトとブラックが1:1で入ってるやつで(珍しいタイプ)、どっちを買うか迷ったんですけどね。なんかいつもと違う缶のもありましたし。私はマルセイバターサンドのほうが好きなんですが、あれって賞味期限がシビア過ぎて、夏場のお土産としては向かないんですよね。

というわけで、今もまだ白い恋人を食べている我が家でした。

2007年8月13日

サギソウ

サギっぽい形をした花をつけるので「サギソウ」だそうです。すごーく小さくでかわいいお花です。この時期に咲くのですが、最盛期は1週間程度だそう。

2007年8月11日

[exhibition]インカ・マヤ・アステカ展

インカ・マヤ・アステカ展

今日はかはくにインカ・マヤ・アステカ展を見に行ってきました。インカ・マヤ・アステカと並べてますが、実際のところ紀元前から14世紀くらいまでの長い期間にわたる中南米から南米にかけての文明を、時系列・地域別に展示したものです。

元々マヤ文明などを起こした人たちは、アジアから渡っていったモンゴロイドなんだそうで(そんな基本的なことも知らない私)、そう言えば似てるよなーと思った次第。それを知ったからかもしれませんが、ヒスイ類の石を使った宝飾品・呪術用の道具や、赤っぽく塗られた土器、精巧に掘られた石板などを見ていると、当時の材料や道具が限られていたのもありますが、人間の考える模様や色遣いというのは、どことなく似るものなのかなーと思います。

展示がそっちのほうに向いていたということもあるのですが、全体として、彼らの文化の根底にあるのは、自然への畏敬と信仰、それを示すための生け贄によって成り立っていたという感じを受けました。ただ、それを「何故人間を生け贄に?」という問いかけっぽいものが展示にもありましたし、録音ガイドにもあったのですが、それは現代人の傲慢ですよね。そもそも日本にも生け贄の風習はあって、それもそんなに古い時代のものではないのです。東京国際フォーラム(旧都庁跡)の地下には「丸の内三丁目遺跡」(フォーラムを作る際に発見された)があって、そこでも人柱と思われる頭蓋骨が発見されているのです。仮にそれが人柱ではなかったとしても、学会的に「人柱ではないか」という説が出てくるくらい、建造物に人柱と思われる人骨が発見されているということですよね。昔話や民話にもやまたのおろちを始めとして「人柱」という風習は何度も出てきます。それは洪水を沈めるためだったり、雨乞いのためだったり、山神様の怒りを静めるためのものだったりといろいろと理由はありますが、要するに「自然への畏敬と信仰」の一部だったと思うのです。太平洋を渡ったはるか遠い国の話ですが、こんなところで文明は結びついてるものなんですね。

でも、日本の民話でも生け贄が決まった人の家族は悲しむという場面が出てくるように、これだけ高度な文明を持っていた人たちが、人間の心臓を神に捧げる(当然その人間は死ぬわけで)ことをどう思っていたのか、知りたいなあと思うのです。一方でインカ文明では、家族のミイラ(気候的に自然にミイラになるらしい)の髪を綺麗にしたり、服を取り替えたり、そうやって死者を祀っていた、という展示を見ると、ますますそう思います。まだ分かっていないことも多いらしいこの文明も、今後いろいろと調査によって解明されていくのでしょう。一度マチュピチュに行ってみたいなーと思ってましたが、そんなことを言うのもおこがましいほど、自分が何も知らないことを知ってしまいました(笑)。あまりこの時代(この地域)は図書館でも聞かれないのですが、勉強になりました。

夏休みということもあって、こちらの特別展よりも常設展のほうが人気があるようでした(確か子供は安いんですよね)。時間が無かったので見られなかったのですが、3Dシアターみたいなのがあるみたいですね(ホームページを見たら、愛知万博で日本館にあったものを移設したようです)。行くたびにちまちまと新しくできた地球館を見ているのですが、あまりに広くてまだ全然制覇できていません。今度行ったらもう少し見てみよう。

次のかはくの特別展も面白そうです。10月23日からは「大ロボット博」。からくり人形から最新ロボットまで展示されるようです。この手の展覧会は混むのですが、行ってみようと思います。

2007年8月8日

流されるな、NHK

NHK、“若者離れ”にメス (NBニュース):NBonline(日経ビジネス オンライン)

NHKは最後の砦だったと思ってたのに、娯楽番組なんて作らなくていいのになぁ。他の民放は、20代をターゲットにしてしまったがために、あまりにも面白くない番組が増えて、テレビ離れが進んでいるという話を先日本の感想で書きました。そもそも20代~30代は、「テレビを見ていない世代」だと思うのです。昼間は仕事だし、夜もつきあいとか、ネットしてるといった印象が強いのですが。

2005年にNHKが行っている『国民生活時間調査』によると、やはり20代30代は他の世代と比べて、テレビに接する割合も、テレビの視聴時間も短いことが分かります。60代が4時間半、70代以上になると5時間を超えている平均視聴時間が、20代30代は、平日は2時間強。休日でも3時間程度です。全世代平均の3時間半と比べてもかなり短いです。しかもその時間は年々減っているのです。

私の周りは何故かNHKフリークが多く、飲み会になると必ずNHKの話題が出ます。我が家では半井さんがとても人気なのですが、私の部署でも彼女は人気です。朝6時30分頃のキャスターのやり取りが寒くて笑えるとか、登坂さんの髪の毛が最近富に白くなって心配だとか。「クローズアップ現代」や、「NHKスペシャル」でも、図書館関連や情報関連のテーマを放送すると「昨日見ました?」と話題になります。麻疹騒動の時期も、我々のニュースソースは「クローズアップ現代」でした。

決して30代がみてないわけではないのです。NHKは基本的にニュースと、その一部を深く掘り下げた調査報道をしてて欲しいなあ。働く20代〜30代が見る番組って、ニュース番組だと思うのですが。