(番外2) 陸の孤島の成田空港第1ターミナルから脱出できず、空港内でキャンプした話


ウズベキスタン旅行の準備
ウズベキスタン入国とウズベキスタン鉄道の乗り方
サマルカンド、タシケント散策
ウズベキスタンの食べ物
(番外1)仁川空港で10時間トランジットの過ごし方(食事・サウナ&仮眠)
(番外2)陸の孤島の成田空港第1ターミナルから脱出できず、空港内でキャンプした話


18時半発の飛行機は特に問題なく仁川空港を離陸、一路成田に向かいます。実は出発日の8日は迷走していた台風13号の影響が心配された日でした。しかし、13号は本州ではなくそのまま沖縄を直撃して上海へ向かいました。

ウズベキスタンにいるうちに、今度は15号が関東を直撃するというニュースを見ました。ただ、我々がウズベキスタンにいるうちに茨城県に上陸、本州を横断して日本海へ抜けるも、そこで力尽きて台風ではなくなりました。珍しく台風は避けたなーと思っていたのですが、仁川空港で妙に気象系アラートが届くので、レーダーを見ると成田は大雨のようです。ああ、帰りは揺れそうだなと思っていました。

着陸前、一旦茨城沖に出て太平洋側からアプローチするルートだったのですが、空がすごい。あちこちに稲光が走っているのが見え、その下は相当な雨のようです。幸い成田の東側は雲の切れ間があり、着陸は雲の中だったものの、思ったよりも揺れずに(行きのタシケント空港着陸時の風のほうがずっと怖かった)着陸。まだ到着予定時刻の21:00よりも早かったです。ところがそこからが長かった。止まったので着いたのかと思いきや、どうも変なところにいる。すると機長のアナウンスで、グラウンドスタッフの安全のため、すべての地上作業が停止されているとのこと。確かに雷がたびたび鳴る天候で、しかたないかなとも思いました。着陸したのでスマホを開くと、大量の「レベル5 特別警報」の通知が入ってきました。しかも千葉県ってここのことではないですか。

慌ててレーダーを開くと、線状降水帯が次々と発生して千葉県内の一部道路が冠水している状態のよう。Googleマップの交通状況を開くと、空港から東京へ向かう道路が真っ赤になっているだけでなく、一部灰色(通過がないと思われる場所)があります。これはやばいと思って京成のサイトを開くと、案の定「運転見合わせ」。JRもダメです。Googleマップで見る道路状況を考えると、おそらくバスもダメ…。え、もしかして成田から脱出できないってこと?!

ようやくブリッジが接続されてイミグレに向かうと、ユナイテッドのサンフランシスコ便が最後の最後でキャンセルになったらしく、その便専用の出国キャンセル窓口ができていました。外に出ると、案の定成田から出られなくなった人々が、疲れた様子で壁際に座り込んでいます。床に横になって爆睡している人もいます。出口付近ばかりでなく、見渡す限りすべての壁が覆われるくらいの人がいます。バスの窓口に行くと、窓口を閉めようとしていたお兄さんに、すまなさそうに「ああ、すみません、今日はもうバスは出ません」と言われました。

ここまでの情報収集でおそらく今日は成田に足止めだなと思っていた我々は、どこか座るところはないかとうろうろしました。すでに時刻は22時過ぎ、23時が門限の成田ですから、チェックインカウンターはすべて閉鎖されています。そこには、フライトがキャンセルになったのか、それとも成田になんとかたどり着いたけれど間に合わなかったのか、どこかに電話をして「日本で立ち往生しちゃったんだけど、どうにかならないか」と交渉している外国人男性がいました。北ウイングと南ウイング間のレストラン・ショッピング街も、ありとあらゆる椅子が埋まり、壁も人がいます。なんとか壁を見つけて一旦落ち着き、電車の状況を聞きに私が地下に降りていきました。

ちなみにこの時、4階・5階の店舗はマクドナルドだけが営業していました。大勢が並んでいました。間違いなく営業時間外だったと思いますが、店員さんの判断だったのか、それとも会社からの指示だったのか、救われた人は多かったと思います。また、吉野家も開いているという情報もありました。鉄道入口フロアのローソンは、朝までずっと営業していました。

鉄道口の案内を頼りに駅の方に行くと、地下へのエスカレーターがチェーンで閉鎖され、空港会社の人が門番をしています。「今日の電車ってどんな感じですか?」と聞くと、「JRは終日運休と先ほど案内がきました。京成は検討中…だそうです、何か情報がありましたらアナウンスします」と言われたので、「アナウンスってどんな感じでされますか?上にもたくさん人がいるのですが、どこにいても聞ける感じですか」と聞いたら、お姉さんすまなさそうに「滞留している人数に比べて職員が少なすぎて、まだ情報共有がちゃんとできていない状況で…」と言われました。本当に情報なくて、とりあえず狭い地下に鮨詰めになると困るから下に来ないようにしろと言われたんだろうなと合点、おそらく今晩は帰れないだろうが、明日もし動くとしたらバスか京成だろうと、鉄道入り口にも近いバスカウンター前に場所を陣取り、旦那を呼びました。

23:30過ぎ、全館アナウンスが入りました。「寝袋、お菓子、水を配ります。南ウイング出発階までお越しください」

23:40、チェックインカウンター前に整列。私の近くに並んでいた親子は、どうも誰かを迎えにか送りにかで成田にきて、出られなくなってしまったようです。我々は着替えも洗面道具も持っているのでまだマシですが、そんなつもりなく成田に閉じ込められた人もかなりいた可能性があります。

私が並んだときはまだ前のほうだったと思います。配布していたのはAカウンターの奥でした(そこに備蓄倉庫があるのかも)。特に混乱もなく、皆さん粛々と並んでいました。配布所脇では、どこから来たのかテレビカメラクルーが帰宅難民にインタビューしてました。

0:30 ごろ、Aカウンター脇で2人分のサバイバルセットを受け取り、元の場所に戻ります。私が受け取った時も、まだ列が長く伸びてる状況でした。サバイバルセットは1万個ほど配られたと後でニュースで聞きました。ちなみに渡されたのは使い捨てにするには勿体無いくらい、しっかりした寝袋でした。もしかすると避難所対応用の防災備蓄品を放出したのかもしれません。

ミレストの圧縮パッキングオーガナイザーを枕にしました。ちょうど良い高さでした。

iPhoneはいざというときに使いたいので、iPadで情報収集します。JRは明日の昼まで動かないことが確定した模様。あとは京成かバスか…しかし眠くなって寝ました。エスカレーターがずーっと「エスカレーターに乗る時は、手すりに捕まり、、、云々」というアナウンスを延々繰り返していたのがとてもうるさく、あれ切ってくれないかなあ……と思っているうちに気絶していました。

良い匂いに目を覚ますと、4:00前でした。我々の隣に陣取った外国人家族が、ローソンで買ったと思われるカップラーメンを食べていました。お腹が空いてきました。京成の始発が5:40であることは確認していたので、おそらく駅を開けるのは5時ごろだろうと思い、まずは汗臭くなっていた服をトイレで全部着替え、そして私もローソンで何か買おうかなと鉄道フロアに降りると、中央の改札シャッター前で、空港会社の人たちがブリーフィングをしていました。昨日の晩、様子を聞いたお姉さんが半分寝そうになりながら参加しています。全員でも10人いるかいないか。運悪く帰れなくなった人が、ずっと仕事し続けていたのかもしれません。本当にお疲れ様です。ここに来るまでも警備さんが巡回しているのをみましたから、おそらく空港会社としては滞留した6000人なのか7000人なのか、大勢の安全について責任をもって対応してくれていたのだと思います。

さて、眠い頭で、ここで集まってブリーフィングしているということは、鉄道改札口とを隔てるシャッターを開けるつもりだと思いました。ローソンでの買い物はやめて急いで戻ります。しばらく待っていると、やはり改札口へつながるエスカレーターに係の人がやってきました。「電車動きそうですか?」と聞くと、「京成が動きそうです。ただ、本線はダメで、青砥とか押上に行くスカイアクセス線のみです」「こちらのシャッターは開きません、中央のシャッターだけ開けるので、あちらのほうへ行ってください」「すぐにアナウンスもします」と言われました。私が聞いているのを見ていた外国人が、どこへ行けばいいのかと聞いてきたので、「あっちにエスカレーターがあるから、そこから降りて鉄道のエントランスへ」と伝えて、旦那を急いで起こして片付け、我々も鉄道口へ向かいました。すぐにもアナウンスが流れるような雰囲気でしたが、すでに鉄道口前に人が集まり始めていたからか、アナウンスが流れたのはかなり後のようでした。ここでも、人々は(そもそもが疲れ果てていたこともあるのか)粛々と並んで順番を待つ感じでした。我々が泊まっていた第1ターミナルだけではなく、第2(・第3)ターミナルにも人がいるので、唯一の脱出口である京成の改札は入場規制をしいています。ある程度人数を絞って1本出発したら、再び改札を開けることをしていました。時刻表にはない5:30のスカイアクセス特急押上行きが始発(おそらく滞留していた車両を使ったのかと)、時刻表通りの5:40に西馬込行きが出発、そして、駅係員のトランシーバーから、こちらに来るアクセス特急が折り返し三崎口行きにできると聞こえました。時刻表上にある6:20発に乗ることができ、成田を8時間ぶりに脱出しました。(ちなみに三崎口行きとして出発したこのアクセス特急は、ダイヤ乱れのために京急への乗り入れを拒否されたのか、泉岳寺行きに変更されました。)

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